ギルギルギルティ | ナノ
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ロマンチックがたっぷり、演出されていた。私たちはずうっと手のひらを通して体温を分かち合い、海に比べたら狭くて仕方ないであろう水槽の中でも悠々と泳ぎ、ここでの仕事をキチンとこなす魚たちを眺める。そうやってのろのろと歩いている間、黒尾くんはあまり話さなかった。ただ、私がほとんど独り言のような「綺麗」とか「可愛い」とか、そんな幼稚な感想を述べると「そうだね」って相槌を打ってくれた。それは随分、心地よかった。

「お腹空いてる?」

一時間と少し経った頃、温かい館内から脱出。十二月、夜の空の下、説明するまでもないが空気は澄んでいる。もうすっかり冬の匂いだ。肺に冷たい空気をたっぷり取り込んで、火照った身体を内側から冷やしてやる まだ私たちは繋がったままだから、あまり効果はないのだけれど。

「ちょっと空いてる、みょうじさんは?」
「空いてる、軽く食べて行こうか」
「なに食べたい?」
「うーん、そんなにがっつりって気分じゃないなぁ」
「嫌いなものとかないの?」
「黒尾くんは?和食がいい?」
「たまにはみょうじさんが決めて。俺、いっつもリクエストしてるから」

こうやって話していると、彼が高校三年生だということを忘れてしまいそうになる。忘れてはいけないことだから、白い紙に油性ペンで書いて目立つところに貼っておくのに、忘れそうになってしまう。それくらいに大人びていて、まだ十八歳なのが信じられなくて、何かの間違いなのではないかと思うくらいだ。

「俺たちこれからどうなるの」

駅前のカフェでカフェラテとスコーンをひとつ。黒尾くんはカプチーノだけだ。私が店員の前で「好きなの頼みな」と言ったのが気に食わなかったのかもしれない。でも、だって、別々に会計をするのも面倒だし、彼に奢ってもらうのは違うし、じゃあ消去法でそうなるだろう、普通。席に着くなり、少々不機嫌そうに彼は答えの出ない質問をしてきた。してきたが、そんなもの、私が聞きたかった。聞きたかったが、黒尾くんに聞きたいわけじゃない。こう言った事例に関して正解と不正解の判断の専門家がいるのであれば、その方に聞きたかった。私たち、どうしたらいいんですかって。

「ごめん、急に。しつこいよね」

温かいそれを口に含んで、彼は言った。自嘲的な笑いと共に。きっと重苦しい空気を察したのだろう。「そんなことないよ」と言うべきなのだろうし、特にしつこいと思ったこともなかったが、なんとなく、何も言えなかった。

「でも、ごめん。やっぱり俺、好きなんだよ、みょうじさんのこと」

何度目かの告白は、謝罪と共に私に届いた。何で謝るんだろう。悪いことは、していない。私も、黒尾くんも、何も悪くない。なのに、なんでだろうね。私はこうやって会う度に、罪悪感でいっぱいになるよ。もちろん嬉しいも楽しいもあるけれど、どう前向きに考えたって申し訳ないって、それが消えることはなくて。普通に、付き合いたいんだけどね。特別なんていらないから、とても普通に、付き合えたらいいのにね。

「黒尾くんが、高校生だから…歳下だから、」

とても普通に。そんな風に付き合えるはずがない。互いに、荊の道を裸足で歩くようなものだ。自ら進んでそんなところに足を踏み入れ、怪我をする必要なんてない。早く引き返さなければいけない。まだ戻れる、まだ大丈夫と思っていたが、想像していたよりも深いところに来てしまっているらしい。その証拠に私は、彼の大きな手がもう恋しくなっている。白いマグカップを握る手を眺め、うっとりしてしまう自分が大嫌いだった。今日で、最後。そのつもりで来た。ううん、一回目も、二回目もそのつもりだった。言わなきゃいけない。七つも歳上の、私の役目だった。

「歳下だからって、それが理由なのもあるけど、それだけじゃないから」

声が震えないように、冷静に、淡々と話せるように、私は自分の手元に視線をやり、彼の顔も目も、見てやらなかった。チョコチップがたっぷり混ぜ込まれたスコーンはフォークでは食べづらく、一旦それと向き合うのをやめた。黒尾くんの視線を、痛いほど感じたから。

「黒尾くんは、自分が歳下だからダメだって思ってるでしょ?」
「…まぁ、そうだね、」

ごめんね。私がもう数年、遅く生まれてたらよかったよね。せいぜい、二、三個だったらね。まだ、よかったのに。もっと贅沢言ってもいいなら、同級生になりたかった。同じ教室で、授業受けてみたかった。黒尾くんは同級生の女の子に対してもこんなに大人びた振る舞いをするのだろうか。あ、バレー部のマネージャーになって付き合うのもいいね。幼馴染もいいなぁ。そうしたら私は、黒尾くんの彼女になれていたのだろうか。

「それだけじゃないからね」
「うん」
「それだけじゃ、」

机に、落ちる。涙がぽたぽた落ちて、濡らす。いけないと思い止めようとするが、止まるわけがなかった。そんなもんだ。止めたい、と思ったものに限って、止められないのだ。

「みょうじさん、」
「わたし、タイプじゃないから」
「ん?」
「黒尾くんのこと、」
「えぇ、ショックだな〜、それは」
「もっと、髪長くて」
「伸ばそうか?」
「背は低くて」
「俺の最大の魅力、身長だと思うんですけど」
「可愛い感じの、」
「え?この間ドラマ見てた時は可愛い系の男苦手って言ってたじゃん」
「それは、」
「ね、みょうじさん」

拭っても拭っても、涙は落ち続け、止まることはない。黒尾くんの声は席に着いた時とは違い、穏やかで柔和で、慈悲さえ感じた。歳下の男の子に恋をした私より、七つも歳上の女を好いてしまった自分の方がずっと、悲運だろうに。

「俺に可能性ないなら、最後までちゃんと嘘ついてよ」
「嘘じゃない、」
「ほんと?じゃあこっち見て」

ゆっくり、視線を上げた。白いマグから手が離れる。私の濡れた頬を、拭う。

「泣いたりしないでさ」
「泣いてない、」
「なに、その嘘。超泣いてるじゃん、俺ティッシュとか持ってないんだけど」
「私、あるから」
「まじで?」
「そんなんじゃモテないよ」
「はいはい、持ち歩くようにしますよ」

一笑した黒尾くんは、困ったような表情を見せ、いつかみたいにぽつりぽつりと言葉を発する。あの、運命みたいじゃんって言ってくれた時みたいに、私の返事なんかどうでもよさそうに、話す。

「期待しちゃうんだって、俺」

「もうちょっと押せばどうにかなるんじゃないかなって思っちゃうから」

「一時的でもいいし、穴埋めでもいい。俺が彼氏だなんて…みょうじさんは思わなくていいから。いや、まぁ、彼氏だと思ってくれればね。俺としては願ったり叶ったりなんですけど」

「とにかく、みょうじさんの彼氏になりたいから、」

うん、と言うので精一杯だった。私だって、彼女になりたい。それは随分前から心の真ん中にあるが、見られたくなくて、悟られたくなくて、他のいろいろな感情で覆う。でももう、覆いきれないくらいに、大きくなっているのだ。彼に対する「好き」が、どんどん膨らんで、苦しくて。

「…なに言ってるかわかんないね、ごめん」
「ううん、」
「嫌じゃなかったら、また会って?十日に…いや、二週間に一回とかでいいから」
「いいの?」
「え?」
「月に二回しか会わなくて」
「いや、それは」
「私は、」

付き合ったって、きっと苦しいだけだ。そんなことはずっと前からわかっている。黒尾くんの同級生に嫉妬したりするのでしょう?相手は高校生なのに、なんて馬鹿馬鹿しいのだろうか。そう、そこまでわかっている。なのに、そちらを選んでしまうのだ。一時的なんて嫌、穴埋めだなんて思えるはずない。貴方が彼氏だって、誰にも言わないけど私は嬉しいよ。貴方が私を彼女だと思ってくれるなら、とても。

「私は、もっと一緒にいたいよ」
「…うん、」
「黒尾くんは、」
「いいの?」
「…え?」
「俺たち付き合うってことで、いいの」
「…だめ?」
「だめじゃないです」
「じゃあ、うん」
「いいの?」
「うん、」
「まじで?」
「えっ、なに。そんな何回も聞かないで、わかんなくなっちゃうから」
「だって、」

今度は黒尾くんがずっと、俯いていた。顔は美しい紅に染まっていたが、私は大人なのでこっちを見ろ、なんて言わなかった。食べ損ねていたスコーンを半分に割り、遠慮なく齧り付く。可愛い歳下の彼氏を見ながら食べるそれは一段と甘く感じた。もう半分を「食べる?」と問いかけて差し出せば、彼が漸く私を見て聞く。名前で呼んでもいい?って、聞く。とても幼気のある質問に意地悪く、えぇ、どうしようかなぁなんて答えるのだ。

2018/11/27 title by 草臥れた愛で良ければ