ギルギルギルティ | ナノ
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デート、と一口に言っても高校生の彼と私とでは随分差があるのではないだろうか。メッセージアプリでやり取りをしながら考えていた。だって、高校生って放課後にゲームセンターやカラオケに行ったり、コンビニで買い食いしたり…あとは…何だ。ダメだ、自分が学生だった頃を思い出すことさえ難しい。休みの日はどこに行くのかな。テーマパークに行ってたくさん写真を撮ったり、ショッピングモールで買い物をしたりするのだろうか。私くらいの年齢になると、大抵は日が落ちた頃に待ち合わせ、食事をしながらお酒を飲んで…みたいなことが多いわけで、それって黒尾くんとはできないことで。
不安に思っていたが、次の約束はあっという間に決まった。決まった、というよりは彼の提案に乗っかった、というニュアンスが近かった。黒尾くんが私に告白みたいなことをしてきたから、何か様子が変わったりするのかと思ったが、一切そんなことはなく。今まで通りで、それはそれで、とても変な感じだった。加えて、彼からメッセージが届く度に、スマートフォンが震えて彼からの着信を知らせる度に、嬉しいという単純な感情が湧き上がる自分にはうんざりだった。

「ごめん、お待たせ」

もう会わない方がいい。でも、会いたい。じゃあ、何もしなければいい。でもそれって好きだと言ってくれた彼を一番傷つけるのではないだろうか。
何を着て行くか、どんなメイクをするか、纏う香水はどれにしようか。全部、どうだっていいことだと、頭の中ではわかっている。私たちは、どうにもならないのだから。付き合ったりしないのだから。なのに数日前からそのどうでもいいことに頭を悩ませ、結局結論は出ず、久しぶりに開いたファッション誌を破ってしまいたい衝動に駆られ、存在さえも忘れていた時計を見て唖然。あぁ、もう、これでいいか。半ば投げやりで…いや、変じゃないか鏡の前でくるっと回って確認はしたし、唇の中央にグロスまで重ねたからまぁ…なんというか。背の高い彼はそれなりに混雑している駅前でもよく目立っていた。おかげさまでキョロキョロとする必要がない。スマートフォンを弄ることもなくぼうっと立っている彼をめがけてセカセカと足を動かす。声を掛けたことで私に気付いた男の子は、小さく手を挙げてくれた。

「ごめんね、遅れちゃった」
「いや、全然。俺もさっき着いたとこ」

嘘だろうな、と思った。根拠なんてないが、彼の性格上、そんな感じがした。それに突っ込むのは野暮な気がしたので飲み込んでおく。

「行こっか」
「うん」

夕方に待ち合わせて水族館行かない?
ほどんど毎日、ポツポツと連絡を取っていたが、基本的には今まで通りの取るに足らない内容が多くて、でも突然、デートしたいって、そんな要望が届くから、なんとなくわかった気でいる彼のことは、やっぱり、よくわからない。

「嫌じゃない?」
「何が?」
「水族館」
「嫌じゃないよ、どうして?」
「いや、ほら、俺が行きたいって言ったらすぐいいよって言ってくれたから」
「うん」
「合わせてもらってんのかな〜、って」

どちらかというと合わせているのは黒尾くんだった。会う時間を薄暗い夕方にしたのも、今日行く水族館がクリスマス前だからとか何とかで館内の照明を落としてライトアップしているのも、多分全て私への配慮なんだと思う。前に伝えたことがある。私と黒尾くんが並んで歩くのっておかしいでしょう?と、そんな雰囲気のことを。だからだろう、なるべく周りから見えないようにしてくれているのだ。それも野暮だから問い詰めたりしないけど。

「好きだよ、水族館」
「ほんと?よかった」
「今日は?部活?」
「うん、昼過ぎまでね」
「大丈夫?疲れてない?」
「うん、なんか」

十二月はだいたい、おおよそ、私たちに馴染んでいた。外の空気が冷たくて、ピンと張り詰める感じ。寒いのはあまり、好きではないが、この空気は嫌いじゃなかった。彼がごにょごにょ、恥ずかしそうに言う。いつもさっぱりと、淡々と話すので、彼にも恥ずかしいとか、照れくさいとか、そんな類の感情が備わっていたことに安心さえする。

「一週間…十日くらいじゃん、会うの」
「うん」
「会いたいなーと思ってて」
「うん、」
「ごめん、さっき嘘ついたんだけど」
「嘘?」
「そう、すげー楽しみで、すげえ早く着いちゃって」
「ごめん、」
「いやそうじゃなくて…で、待ってるじゃん、 みょうじさんを。俺さ、なんつーか…おかしくないじゃん、すっぽかされても」

ネイビー…いや、ブラックのチェスターコートは平均よりも丈が長いように見え、その辺の高校生が着たら着られている感じになりそうな気がしたが、彼のスタイルの良さがそんなものを帳消しにしていた。よくあるグレーのニット、無駄のないシルエットのデニム。黒尾くんもファッション誌を眺めたり、何を着て行くか迷ったりしてくれたのだろうか。

「来てくれるかなーって不安になって、急に。時計見るのも怖くなってきて」

彼は、知らないのだ。私がこの日を、楽しみにしてはいけないとわかりつつ楽しみにしてしまっていたことを。いつもよりも丁寧にメイクをしたことも。何も予定がない、黒尾くんが部活をしていたであろう午前中に今日これからのことを考えて何も手につかなかったことも。全部、知らない。

「だからみょうじさんの声が聞こえた時、安心して」

話脱線したね、と彼はヘラリと言って、恐らく、真っ直ぐ前を向いたまま、言う。

「疲れてたけど、みょうじさんに会ったら全然。今日部活休みだったっけ?みたいな感覚」

じわじわ、広がる。彼の声が、言葉がじわっと全身を侵食して、色々な判断を鈍らせているのだろう。しばらく無言で歩いて、聞こえるのは街が奏でるノイズと、私たちの足音くらいで。

「黒尾くん」

割り勘でチケットを買った。階段気を付けてねって、彼が言う。この子、将来すごくモテるだろうな。会社の後輩の女の子にアプローチされたりするんだろうな。

「ん?」
「…て、」
「ん?」
「手、繋ぐ?」

階段を上りながらそう言えば彼は足を止め、一段遅れている私に振り返る。絶対にそんなことは起こらないのだが、時が止まったようだ。間違いなく進んでいるが、そんな言葉がしっくりくる状況で。

「…え?」
「繋がない?」
「いや、あの…」
「デートでしょ、今日」
「うん」
「繋ぐ?」
「…うん」

恐る恐る、私の手に触れる。指先が一瞬迷って、絡むことなく、緩く繋がる。どのくらい前から待っていたのだろうか。ひんやり冷たい、大きな手だった。

「黒尾くん、耳赤いよ」
「…っ、ちょっと、黙っててもらえますか」
「恥ずかしい?」
「恥ずかしいよ、そりゃ」
「やめる?」
「やめません」

何もしない。そのルールを破った。罪悪感もある。でもそれよりもなにかこう…別の感情が大きかったから、そんな自分への罪悪感もある。いつまでも赤く染まる彼の赤い耳に、ごめんねって、何度も何度も謝った。嬉しいと、そう思ってしまってごめんねって。

2018/11/19