ギルギルギルティ | ナノ
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「忘れ物ない?」
「はいはい、すみませんでした」
「…別に、そういうわけじゃなくて」

前回同様、黒尾くんはすんなり私の部屋から出て行こうとする。彼のそんなところが、私をわからなくさせた。一緒にいたいなら、もっと長い時間ここにいればいいのに。確かに彼は高校生だから、終電で帰ればいいとは思わないけど、でも、もうちょっといたっていいのに。

「送って行こうか?」
「みょうじさん」
「なに?」
「ちょっとだけ、一緒に話せない?外で」
「え、だから送っていくよ、駅まで」
「いや、それはいいんだけど…五分くらい、この辺ぐるっと一周できない?」
「うん、いいよ。上着持ってくるから待ってて」
「ごめん」
「いいえ」

彼の申し出の真意はわからなかったが、残り少ない今日のたった数分、くれてやらない理由もない。ニットカーディガンを羽織って、家の鍵を持って、お待たせって言って二人で部屋を出た。エレベーターを使って下降、エントランスから脱出。ひんやりとした空気。寒いね、と口癖のように言えば黒尾くんはごめんねって謝る。

「冬が寒いのは黒尾くんのせいじゃないでしょう」
「ごめん、部屋で話せばいいんだけど」
「うん」
「俺、みょうじさんが好きだから、どうしてもまた会いたくて」

彼が私を外へ連れ出した理由がなんとなくわかったし、前を向いてノロノロ歩いている今、話してくれて良かったと思う。向き合ってこんなこと言われたら、どんな顔をすればいいかわからないから。私もだよ、なんて気持ちが表情に現れてしまってはいけない。彼の「好き」を喜んではいけない。

「黒尾くんの好きは好きじゃないんだよ、もうちょっとしたらわかるから」
「…俺だって、わかってるよ」
「ん?」
「みょうじさんが俺のこと好きになることはないって。でも、俺はずっと好きだから」

根拠のない、子どもの戯言に、なんでこんなにも揺さぶられなくてはならないのだろう。ずっと好き?その言葉をどう信じればいいのだ。こちらは四年付き合っていた、おそらくあと数年の間に結婚するんだろうなと思っていた男にちゃっちゃと振られたのだ。散々好きだと、愛してると言われて「ずーっと一緒だよ」みたいな、そんな生ぬるい会話もあったのにこのザマだ。その場の勢いと雰囲気で生み出される腑抜けた感情とそれを表現する言葉たちに踊らされるのは、もうごめんだ。

「みょうじさん、俺のこと嫌い?」
「え?」
「嫌い?」
「嫌いじゃないよ」
「じゃあ一回、デートして」
「デート?」
「そしたら諦め…らんないと思うけど」
「…黒尾くんさ、なんで私なの」
「ん?なんでだろうね、上手く言えないけど」

俺らが初めて会った日のこと覚えてる?
彼はそう私に問いかけた。おかげさまであの日の記憶がブワッと、とても鮮明に浮かぶ。ほどほどに肌寒い、心地よい秋の夜だった。あの時に、追いかけなければ良かったのだろうか。いいや、もっと言えばカードケースさえ落とさなければ、こんなにぐちゃぐちゃとした感情を抱かなくて済んだのに。今更そんなことを嘆いたって仕方がないのだけれど。

「…覚えてるよ、」
「本当?」
「うん、覚えてる」
「ごめん、なんつーか…自分でもなに考えてんだよって笑っちゃうんだけどさ、俺もなんだよね」
「え?」
「みょうじさんと俺ね、誕生日一緒なの」

照れ臭そうに笑いながら言う声の主を見上げ、立ち止まる。私が停止したことに気付いた彼も歩みを止め、向き合う形になる。恥ずかしいからあんまり見ないで、と情けなさそうに彼は言ったが、思ってもみなかった方向からの告白に、何をどうしたらいいかわからない。

「なんかさ、運命みたいじゃん」

彼はそんな私の様子から察したのか、諦めたように、視線を泳がせながら言葉を続ける。

「偶然拾ったカードケースの持ち主が自分と同じ誕生日で」

「こんなに綺麗で優しい人で、おまけに話しててすげえ面白いし、」

「もっと話してみたいなー、って思っちゃって…」

「声聞きたいし、会いたいし…。あぁこれって好きなのかもなー、って」

「運命なのかなーって思ったりするじゃないですか、こんな…ねぇ、わかる?」

ごぽごぽ、湧き上がる感情がいったい何なのか。俯いて何も言えない私からの返答を特に求めていないのだろう。積み重なって溢れたものを綺麗に吐き出した彼はフッと冷静になったようで、心もとない街灯の明かりの下でもわかるくらい、頬を染めていた。私はまだ何も、言えなかった。黒尾くんはずっと、そう思っていたのだ。運命みたいな恋だって。ごめんねって、私が他校の、可愛い女子高生だったら良かったのにね。こんな、七つも歳上のオフィスレディでごめんね。

「俺だって頭ではわかってるよ、こんなガキ相手にされるわけないって。でも、なんか運命みたいだから」

私もあなたが歳上のサラリーマンだったら。ううん、そうじゃなくてもいい。せめて二個歳下の男の子だったら。きっとこの出会いを運命みたいな、そんなものだと感じていたかもしれない。わぁっと逆上せて、彼氏と別れたのもこの出会いのためだったんだって、大変にめでたい解釈をしていたことだろう。でも、違う。相手は、彼なのだ。高校生の、男の子なんだ。十八歳になったばかりの、男の子なのに。

「あるのかもなーって思っちゃうわけですよ、僕、高校三年の男の子なので」
「…なんで、いま言ったの、」
「ん?」
「誕生日、」
「え?あぁ…何でだろ、なんか、もう会ってもらえないような気がしたから」
「…それ言えばまた会えると思った?」

ズキン、って。黒尾くんに傷を付けているのがわかって、ごめんねって声には出さずに唱えて、涙はもうそこまできていて。やっぱり、追いかけたりしなきゃ良かった。連絡先なんて聞かなきゃ良かった。この子の家に菓子折り送って、それで終わりにするべきだったんだ。七つも歳下の男の子との出会いなのに。生まれた日が同じなだけなのに。そう思いたくないのに。彼の言う通り、運命だと感じてしまう自分に、嫌気がさすから。

「うーん、どうだろ。会えるといいな、とは思ったよ」

歩こう?と彼が言うので、漸くまたノロノロ、足を動かす。落ちた涙を彼に見られていないだろうか。手も握ってこないこの子が、どうしようもなく愛おしくて、きっと私はまた、何かしらの言い訳を手に入れて彼と会ってしまうんだ。そんな自分が許せなくて、また心の中でごめんねを繰り返すのだ。

2018/11/10