黒尾とルームシェア | ナノ
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週明け、月曜日。相変わらずのドタバタを蹴っ飛ばしてあの忌々しい不動産屋で鍵を受け取る。ありがとうございました、と見送られるが気が重くて仕方がない。いや、気が重いというか、違うんだ。帰ったって1人じゃないんだ。いるのだ、男が1人。少々癖の強い男が1人、いる。
ここ数日活躍しているキャリーケースと道中買い込んだ日用品だけを武器に、私は部屋の番号を確認して、鍵を差し込む。備え付けの家具以外はすっからかんの部屋、拍子抜けだ、男はいない。玄関の明かりはついていたが、靴もなければリビングも消灯されていた。奥の部屋にいるのかとも思ったが物音1つしないのでそれもない。なんだ、…なぁんだ。なんとも形容しがたい感情でいっぱいになる私は何を求めているのだろうか。帰ったら家に人がいるって、そのシュチュエーションを欲しがるのはわからなくはないが、相手があの男でもいいと思っているのだろうか。そこまで情けない女になったか、と呆れて。
どっと疲れた身体に鞭を打ち、シャワーを浴びてスキンケア。ガヤガヤとうるさく感じるはずのバラエティー番組も、この部屋ではなんだか程よいBGMに感じる。広い部屋、ううん、広すぎる部屋はやっぱりどう考えても1人で使うには虚しすぎて、ここでも男の言葉を思い出す。ここ1人で住むの?って、あの顔。あぁ思い出したら腹が立ってきた。さっさと寝てしまおうと思って深夜の報道番組が始まると同時くらいにベッドへ潜り込む。まだ男は帰ってきていなくて、余計なところに思考が回りそうになるのを睡眠という方法で誤魔化すのだ。

「っ、ちょ、なに、なんで!」

備え付けだったベッドだが、寝心地は悪くなかった。うまく眠れないようならマットレスだけでも買い換えようと思っていたが、その必要もなさそうだ。アラームが時間通りに私を眠りからいつもの朝へと引っ張り出す。いつもの朝なはずなのにこれは夢か幻か、ベタにそんなことを思った。寝ぼけているのかもしれないと、そうも思ったがよくよく思い出せば私は自分の軽率な判断のせいで訳のわからない男とルームシェアを始めてしまったのだ、そうだそうだ。最近寝て起きると大体の記憶を失っているような気がする。年齢のせいだろうか、変わりばえのないつまらない毎日のせいか、答えは見つからないがそれよりも。

「…うるっせぇな、朝から」
「なんでいるんですか、」

言葉が足りないことは自分でも気付いていたが、焦っていたのと驚いていたのとでどうしようもなかった。正確には「なんで昨晩いなかったのに今朝はここにいて、そして何でそんな格好で共有スペースをうろついているんですか」ってそう言わなきゃいけないけど、寝起きのふざけた頭ではそこまで配慮して話すことができない。黒尾さんは案の定意味がわからないと言いたげな顔を一瞬でつくる。まぁそうだよね、言葉足りないもんね。

「はぁ?俺の家だからに決まってんだろ殴るぞ」
「最低、口悪すぎ、なんか着ないと殴りますよ」
「言ってること矛盾してますけどね」

ハイハイ、と面倒臭そうな男と愉快な朝の挨拶。リビングで、下着だけ身につけた男は私が昨晩ドラッグストアで購入したと思われる2リットルのミネラルウォーターを冷蔵庫から勝手に取り出しラッパ飲みしている。信じられない光景だ。グビリと美味そうに喉に流し込み、その様はまるで清涼飲料水のテレビコマーシャルのよう。絵になるが、同時に憎たらしいという感情が溢れ出す。どこから指摘をしたらいいのかわからず、とにかく洋服を着るように促せば男はソファに投げられていたブラックのTシャツを持ってきてめんどくさそうに被る。下も履いてくださいよ、と提案してみたがそれが通るはずもなく。

「水、」
「は?」
「それ、私が買ってきたやつですよね?」

あぁ、うん、と。わかりきっていることをわかりきったテンションで質問してみればわかりきった声色で男は私に言葉を返す。

「名前書いてねえから」

にやり、と笑うこの男をあの日一瞬「悪い人じゃないのかもな」なんて思った自分を呪った。悪い人だ、性格がとにかく、悪い人だ。親の顔が見てみたいと、会社のクソみたいな上司の決め台詞を私みたいな若い女が口走りそうになる。そのくらいにはカチンときたし理解し難く思う。どう表現したらいいのかわからない感情を声にしてぶつけてみるが、結果はわかっていた。こいつは多分口が上手いからなんかうまいこと丸め込まれるってわかってるけど、声にせずにはいられないくらいに苛立っていた。朝からなんだっていうんだ。

「わかってるのに飲んだんですよね?」
「まぁ、そうなるね」
「百歩譲って飲んでもいいんですよ水くらい、コップに注いで飲めないんですか」

年上の男のくせになんでこんなにも子どもっぽいんだ。こうしたら怒られる、とわかっていながらそれをする。マゾなのだろうか。好きな子に構ってもらいたい小2の男子なのだろうか。ただ単に性格がおかしいだけか、それか。

「コップとか持ち合わせてないもん、盲点だったわ」
「じゃあ飲まなきゃいいじゃないですか」
「みょうじちゃんが名前書いておけばいいじゃないんですかね?あの日決めたルール通りにすれば俺、これ飲まなかったよ」

ほら、これだ。ルールに反したのは私。敗北が決まっているのに堂々と挑んだ私は英雄にはなれないし寧ろ怒りが倍増するだけだ。あぁもう、と地団駄を心の中でたっぷり踏んでぎろりと黒尾を睨んでやる。そうしたところでこの性格の悪い男は楽しそうに笑うんだ。わかりきっている、なんてったって性格が悪いから。

「それあげます」
「まじで?みょうじちゃん優しいね、ありがとう」
「どういたしまして」
「仕事?」
「はい、珍しく一刻も早く会社に行きたいと思っています。こんな気分になったのは初めてかもしれません」
「あら、そりゃめでたいね。おめでとうございます」

煽るの上手すぎないかこの男。もう睨むのも言い返すのも疲れてしまって黙って自室へ一時避難。深呼吸を繰り返してブチ切れそうな頭に「落ち着け落ち着け、こんなにイライラしたって肌が荒れるだけだぞ」と自己暗示。そのまま顔に化粧水をたっぷりと染み込ませてどうにか肌の表面にこのストレスがあらわれませんようにと願いを込める他なかった。

「行くの?」

なんでいちいち干渉してくるんだ。仕事用の面白味のない洋服と町中にありふれたメイクを終えリビングへと再度足を踏み入れた私に彼はさぞ愉快だと、そういう感情を含ませて言葉を飛ばしてくる。怒りを露わにして無視をしているとこちらに近寄ってくる彼。キモいんだけど、なにまじで。

「なんですか」
「行くのかって聞いてんだけど」
「行きますよそりゃ」
「水、このメーカーのでいいの」
「は?」
「水買ってくるよ、買い物行くから」

ほら、なんなのこの人。嫌なんだけど本当。いちいち掻き回さないでよ、振り回さないで。精一杯深呼吸してる私が馬鹿みたいだから。返す言葉をどうにか漁ってみるがなにも見つからなくて情けない。あたふたとしている私を見て、黒尾はちょっと笑って。

「なに、なんか言えよ」
「ほんと嫌」
「なにが」
「その性格。ほんと無理」
「好きになりそう?」
「好きになりそう?」
「リピートすんのやめてくんない?」
「変なこと言うのをやめてください」

水なんて飲めれば何でもいいです、と吐き捨てて家を出た。水道水でもいいってこと?と結構真面目なトーンで言われたので販売されている水ならなんでもいいですとより詳しく伝えてやれば男はいってらっしゃい、とほざく。優しい声でそう言う黒尾さんが、どんな顔をしているか気になったけれど振り向いたらまた私の負けだから振り向かない。ほんとなに、まじで嫌なんだけど黒尾鉄朗。

2017/05/11