黒尾とルームシェア | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
嫌な予感はしていた。そしてそれはきちんと的中する。おかえり、となぜか私を笑顔で出迎えた黒尾は気味が悪くておぞましい。おまけにさっきから聞こえていたし、なんとなく状況もわかっていたが気にしないように、そんなわけないまだこの生活始まって2日目だし…と一般論を心の中でこれでもかと唱えたが現実は現実。数人男がいる。リビングでガヤガヤ騒いでいるのだ。玄関にいてこのボリュームで聞こえてくるということは、まぁつまり、そういうことなのだ。

「…帰る」
「なまえちゃんのおうちじゃん、ここ」
「キモいんですけど、名前呼ばないでください」
「みょうじちゃんって酒飲めんだろ?付き合えよ、いい男揃ってるよ〜」
「私どっかで時間潰すので2時間後には帰ってもらってください、お友達」
「無理無理、今日あいつら泊まってくし」

煽りの天才は次から次へと私の常識という概念から外れたことばかりほざく。なんだって言うんだ、いったい。なんでこんなにも私の勘に触ることばかりするんだ。私あなたに何かしました?そう質問したところで何も解決しないことはわかっている。カッとして勢いで言葉を発したってどうにもならないってわかっている。でも、悔しい。こんな男に言い負かされるのが、屈辱的で。

「黒尾さん、やっぱり許可取ってないんですね」

くるりと方向転換して駅前のファミリーレストランに避難しようとした時だ。黒尾の背後からぬっと男が顔を出す。黒尾と対比をしてしまうせいか真面目でお堅い感じの男だ。敬語で黒尾に話しかけているところを見ると後輩なのだろうか。リビングからはもう1つ男の声が聞こえるがなんと言っているのかまではわからない。距離のせいなのか、酔っ払いもやもやとした滑舌のせいなのか、そこまで考える必要もなさそうだ、関係ないのだから。

「赤葦、」
「嘘つかないでくださいよ」
「いいんだよ、ルールにないから」
「またそうやって…子どもじゃないんですから、相手の気持ちくらい考えてください」
「はぁ?お前に言われたくねぇよ、この不感症が」
「…飲み過ぎです、早く部屋戻ってください。俺たち帰るので」

パチン、と目が合って軽く会釈。すみません、としっとりした声。赤葦、と呼ばれる彼はあまり酔っ払っていないようで黒尾を引きずるようにリビングへと巻き戻る。ぽかん、とする私に彼は多分、呼びかけた。すぐ帰るんで入ってくださいって。私に飛ばされた言葉で間違いないのだろうか。不確かではあるが彼の言葉には妙に説得力みたいなものがあるのでパンプスを脱いで部屋に上がっているのが現状。ふと目についたのは男物の大きな靴が三足。ゴツめのスニーカーとシンプルなスリッポン、履き込んであるレザーのローファーはブラックだ。多分これは黒尾の。今朝もあったような気がするから。

「うわ!まじで女の子帰ってきた!すげぇ!」
「だろ?ヤバくね?AVにありそうだろこういう展開」
「うわ〜いいな〜それ!いい!」
「…2人ともいい加減にしましょうよ、そんなAVありませんから」

撤回。やっぱり入らなきゃよかった。今すぐ疲れ切ったパンパンの足をパンプスに突っ込みたい。普段なら絶対に抱かない感情を、この黒尾鉄朗と出会ってから幾度も心に抱いた。なんと説明したらいいのかサッパリ検討のつかない派手な男が、玄関まで聞こえた声の持ち主なんだということだけは考えなくてもすぐにわかる。瞳の色がとても綺麗で、見ちゃいけないとわかっているのに凝視したくなってしまう。一昔前のギャルがつけていたブラウンのような系統ではあるのだが、もっと澄んでいて、全く人工的でない。キラキラと輝いているようで、引き込まれてしまう感じだ。黒尾と背丈はあまり変わらないようだが、よりがっしりしており、この時期のこの時間にしては少々薄着ではないだろうかと心配になる半袖のTシャツから覗く腕が逞しくて、ちょっといいなと思ってしまう。黒尾との会話が最低なのでまぁ、どちらかといえばマイナス点ではあるのだけれど。

「ほら、帰りますよ木兎さん、迷惑ですから」
「いいんだって、泊まってけよ赤葦。ついでに木兎も」
「黒尾、好きそうだよな〜、こういう子」
「は?好きじゃねぇし。もっと可愛くないと無理」

カチン、とかプチン、なんて可愛らしい擬音でおさまる怒りじゃなかった。ドンガラガッシャーン、とでも表現すべきだろうか。こんなクソ男に何か言葉を発したら負けだともう既に何度も学んだのに頭の悪い私はまた繰り返そうとする。言葉を発しようと脳が声帯に「はいこれから怒鳴るよ〜、準備して〜」と指示を出しかけた時だ。木兎とかいう生きてるだけでまるもうけ、みたいな人種の男がゲラゲラ笑いだす。

「よく言うよ、黒尾の歴代の彼女より断然カワイイじゃん!」
「は?」
「っ、ちょ、木兎さ、やめてください、失礼ですよ、黒尾さんの歴代の彼女に…」
「赤葦笑いすぎだから!!」

ヒィヒィと苦しそうに笑う素性の知れない男2人を見ているとなんだかこちらまでおかしくなってくる。合わせて黒尾がむすっと機嫌が悪そうだからなお愉快だ。いい仕事するじゃん、と黒尾の友人2人を褒め称えたい気分だ。クスリと笑う私に最初に気付いたのはご機嫌ナナメの男だった。

「てめぇ何笑ってんだよ」
「いや別に」
「別にじゃねぇだろ」
「黒尾さんてB専なんですか」
「外見で人を判断しないだけです」
「私のこと可愛くないって言ったじゃないですか」
「性格が、って意味」
「つまり顔は可愛いってことですか?ありがとうございます褒めていただいて」
「うるせえポジティブだな」

ねぇなまえちゃんも飲もうよって、木兎さんに提案されるが「どうぞ3人でごゆっくり」と今できる最大限にこやかな笑顔をつくって自室へと引きこもる。男三人で飲んでるんだ、私が参加すればおかしなことになる。それくらいすぐにわかって。シャワーは明日浴びればいいや。最低限のことだけを済ませてリビングから聞こえる雑音中の雑音をなるべく聞かないようにしてすんなり眠る。人の賑やかな声というのは意外にも耳障りでなくて深いところまで落ちてアラームが鳴る30分前にスッと眼が覚めるのだ。あのごちゃっとした演奏会が嘘のようにシンとしていて怖くなるほどの朝。ゆっくりベッドから這い出てリビング…はしっちゃかめっちゃか。酒類の瓶やら缶やらが精一杯転がり、スナック菓子やつまみのパッケージが自由にのびのび滞在している。そこに転がるデカい男が3人。なんなんだよまじで。ふざけんなよ。独り言でそんなことを言ってしまうくらい、腹が立った。朝からほんと、やってくれるよな。私は夢の国のお姫様じゃない。その辺にいるOLだ。だから口笛を吹いたってロマンチックな曲を歌ったって小動物が家事を手伝ってくれることはない。故に自分の手で黙々とゴミ袋の中にそれらを突っ込むことしかできないのだ。布団一枚さえもかけず眠っている男どもにふわりと毛布をかけてやる私はOLの中でも女神にほど近い存在だろう。シャワーを浴びる前に片付けてしまおうとスカスカ作業を進めている時だ。怒りはもう沸点に達していたせいで余計なことは一切考えられなかったから、ゴミ袋に瓶やら缶やらを放り込む音が結構、うるさかったのかもしれない。黒尾の近くでそれらを放り込んでいる時、声がした。もぞもぞとした、微睡んでいる声だ。

「ん、〜っ、ん、なんじ、」
「は?」
「なんじですか、」
「携帯見ればいいんじゃないですか」
「どこにあるかわかんなぁい、」
「あ、そうですか」
「…まじで何時」
「6時20分です」
「は?起こすなよありえねえ」
「勝手に起きたんでしょ」
「耳元でガチャガチャやんなよ…」

今日仕事は午後からでいいんだけれど昼前に出勤したいから早めに起きてのびのびとした朝を過ごそうと思ってんのにコレだから、みたいな文句をつらつら言おうとしたのに、だ。ぐんと腕を引かれカーペットの上で眠る黒尾の胸の中へぽすりと埋まる。酒臭い、最悪。そう思ったのに腕の力が弱まることもなく。

「静かにしてろよ…」
「ちょ、離して」
「うるさい、寝て」
「片付け、」
「あー…俺するから…寝よ…」

あったけぇ、とぼやきながらぐっすり寝てしまうこの男にもう、ドキドキなんてしたくもないのにしてしまうのは黒尾が相手だからとかじゃない。こんな状況になれば相手が誰だってこうなるんだって言い聞かせていたのも束の間。人の体温に久しぶりに包まれた私はあっさりたっぷり眠りにつく。黒尾の腕の中は、悪くなかった。悪くは、なかった。

2017/05/21