黒尾とルームシェア | ナノ
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男はそれなりに酒に強いらしく、それなりのペースで液体を胃に流していたが、酔っ払っている様子はなかった。彼が勝手にオーダーした料理はどれも味がよく、ついつい口に運んでしまう。序盤に口にしたサラダに使われている野菜は旬のものばかり。定番の焼き鳥はきちんと炭火で焼かれているせいかじわじわと旨味の凝縮された油が口の中にとろけていく。お造りは鯛と甘エビがこれでもかと甘く、メインで注文した渡り蟹のクリームパスタは思っていたよりも重たくなくてサラリと平らげることができた。

「おいし、」
「…すげえ食うね」
「黒尾さんは食べないんですね」

食事はほとんど、私が胃におさめていた。一応気を使って男に「食べますか?」と問いかけても「食えるんなら全部食っていいよ」とさして興味もなさそうに返答される。そうですか、と特に遠慮もせずに食べ進めたが、元々彼がオーダーしたものだった。そうだ、忘れていた。今更そんなことに気付いて取り敢えず謝ってみる。お分かりだと思うが、さして罪悪感は持ち合わせていない。

「なんかごめんなさい」
「いいよ、だいたい飲んでる時にそんなに食えないでしょ」

こうして食事をはじめて小一時間。未だにこの黒尾鉄朗という男のことがよくわからなかった。クソみたいだなぁと思っていたが、そうでもないのかもしれない。普通の、どこにでもよくいるノリのいい男のように見えた、が。あの出会いだ。そんなに簡単に彼の印象を全てプラスにすることもできず、私はまた可愛げのない発言をする。

「歳じゃないですか?」
「は?失礼かよ。一個しか変わんねえだろ」
「ここの一個は大きいですよ」

元々そこそこに飲めるのだが一応、二杯だけアルコールを摂取してから烏龍茶に切り替えた。大事な話をするから、というのもあるし最近バタバタしていてお酒を飲む機会がなかったせいか、いつもよりも酔っ払っている、という感覚が強かったからだ。私たちの明日からのルームシェアに向けた話し合いはほどほどに纏まり、最後の確認に入る。

「お互いの部屋以外は共有スペースってことでいいですか、あと」

私の言葉に、男が被せるように発言する。人の話は最後まで聞きましょうよ。小学校で習いませんでしたか?

「使ったものは元の場所へ、日用品はさっき決めた通りに調達する、だろ?」
「…もしどうしても急に必要な場合は必ず連絡取り合って確認するようにしましょう」
「箱ティッシュはみょうじちゃんね」
「トイレットペーパーは?」
「トイレットペーパーは俺が担当」
「そもそも、かさばる系は黒尾さんの担当でいいじゃないですか。車あるんだし」
「傲慢な女だな、おめーも車買えばいいだろ」
「そんな簡単に買えるものじゃないですから」

まぁ別にいいけど、と彼は笑ってそのまま再びグラスを空けた。それじゃあ10の掟を、と彼は唱えるように言う。

「家賃と光熱費は折半、寝室には許可なく立ち入らない。共有スペースはお互いに配慮しながら自由に使う。家事に関しては当番制できっちり行ってください。日用品の買い出しはこちらの表を参照しこまめに補充する。冷蔵庫の中身に関しては必ず名前を記入してくださいね。無断で異性を連れ込まない、まぁ連れ込む相手もいないだろうけど。あと、」
「7個しかないのに盛って10個とか言うのやめてもらえます?あとちょこちょこ私をバカにするのもやめてください」

途中までどうにか堪えて聞いていたが、我慢できなくなって黒尾さんの話を一旦断ち切る。それに気を悪くした彼は、ムッとした顔で私を睨んでいるが、多少酔っ払っているせいか目尻はとろりとしているので恐ろしさは感じない。冷酷で非情。出会って数分のそのイメージはまた少し変わってきていた。もちろん消え去った訳ではないが、少々改善しているのも事実だ。

「人の話遮るのもやめてもらえます?」
「さっき黒尾さんだって遮ったじゃないですか」
「そうだっけ」
「じゃあ聞きますけど、後何かあります?」
「ないですけれども」
「そしたらいいじゃないですか、酔ってますよね」
「酔ってないです〜」

あと3個はまぁおいおい、と言われるがなぜ10に拘るかもわからないのでもう返事はしないでおく。そもそも目の前の男は返事なんて求めていないようで、腕時計をちらりと見ると伝票を持って立ち上がった。こちらの都合なんて一切気にしていない様子はわかりきっていたことであるがここまであからさまにされると多少悲しいものだ。

「出るぞ」
「急ですね」
「俺予定あんだよ、そんな暇じゃねえの」
「楽しい時間はあっという間って言いますもんね」
「あ?こんな可愛げのない女と飲んで何が楽しいんだよ」

私は黒尾からの暴言なんてサラリとかわし、飲みかけのドリンクをぐいと流し込んだ。奮発して購入した見た目重視の財布と携帯と口紅くらいしか入らなさそうな小さなバッグを肩に掛けて席を立つ。黒尾はやたら背が高くて華奢だと思っていたが、後ろから見ると大きな背中と広い肩幅がよく目に付いた。しっかり筋肉も纏っている。男だ、と。そう思ってちょっぴりどきりとした。数週間前に別れた恋人よりずっと、男らしい。そう思って勝手に心臓が跳ねる。

「え、出します。待って」
「俺誘ったし」
「いいです、4千円ですか」
「はいはい、いいから。かっこつけさせろよ」

男は一万円札をスッと財布から抜き取り店員へ。私の手に持った千円札4枚はゆっくりと私の財布に戻ってくる。心なしか歴史の教科書に載っていた偉人の顔の眉が下がり、情けない表情に見えた。初対面の男にご馳走してもらうなんてなんか、なんというか。元々、人を頼るのが得意でないせいか、奢ってもらうのも得意じゃなかった。そうされると「なにかお返しをしなければ」という衝動に駆られるのだ。我ながら律儀だと思う。奢りたいと申し出る男には奢らせておけばいいと、それはそうわかるのだが、自分の性格的にそれは難しいのだ。

「黒尾さん、」
「んだよ、しつけえな」
「…ごちそうさまでした、美味しかったです」
「…おー、」

お礼だけでも言わなくてはならないと。そう思い、言葉を耳に届ければ一瞬ぽかんとした彼は中途半端な返事をして、じゃあなとひらり、手を振って駅の方へとツカツカ歩く。私も行き先一緒なんだけどな。それでもそんなこと言えなくて、もちろん追いかけることなんてできるはずもなく黙って立ち止まっていたら彼はほら、戻ってきてくれるから。なんだ、なんか、なに?なんで戻ってきてくれるの?そう疑問を抱かざるを得ない。

「みょうじちゃん駅じゃないの」
「…駅です」
「行くぞ」
「でも、」
「こいよ、めんどくせえな」

はぁ、とため息をついて彼はそう言い捨てて。おずおずと彼の隣に並べばずいと顔を覗き込まれる。

「酔ってんの?」
「…酔ってない、」
「じゃあ何で顔赤いの」
「黒尾さんだって赤いですよ」
「俺酔ってるもん」
「…そしたら私も酔ってます」
「はっ、なんだそれ」

小さく笑う男は私の肩を抱いたりしないし、手を繋いだりもしない。ただ歩幅を合わせて歩いてくれる。それなのに私の身体は勝手に熱くなって、また言い訳を。久しぶりに飲んだアルコールと暖かくなってきたこの季節のせいだって、そういうことにしてしまえばいいんだ。

2017/05/04