黒尾とルームシェア | ナノ
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ドアの前に立った時に察した。あの日のあの感覚がじわっと蘇ってきて、あぁまさかなぁと呑気に現実逃避をしていたが、一瞬で引き戻されて。あの日からそれなりに時間が過ぎているというのに、あの嫌悪感をよく覚えているものだ。今回は前回に比べれば怒りも不信感も少ない。単純に彼と私の関係がかわったからだろう。

「あー!おかえりー!」
「なまえちゃんお疲れ、ここ座って」
「お邪魔してます、」
「…あのですね、事前に一言いただけませんか」

徒競走のスタートを知らせるピストルみたいに、勢いのいい言葉が彼らの口から飛び出してくる。それに圧倒され声を出すのが遅れてしまうほどだった。唖然とするが、部屋に入らないわけにもいかない。ここは私の家だからだ。すっかり出来上がった3人をじとりと見て、知らせてくださいよとそう黒尾さんに訴えてみるが無駄の極み。そもそも私の声は届いているのだろうか。それさえも曖昧だ。物件見学の日、広々としていて自由に使えそうだとわくわくしたリビングにでかい男が3人。彼らのせいで部屋はとても狭く見えた。

「なまえちゃん!久しぶり!」
「お久しぶりです、」
「元気そーだな!」
「おかげさまで、」

木兎さんは今日も元気だ。こちらの精気を吸い取られるのではないかと感じるほどに。彼の持つ雰囲気に流され、おかげさまでなんてなんとも他人行儀な返事をしたが、彼のおかげで元気なのかと問われれば答えはノーである。社会なんて建前と決まり文句で動いているので私も木兎さんもそんなことを気にしていられない。そんなことよりも相変わらず瞳のカラーがおしゃれで惚れ惚れする。子どものようにキラキラと光を放つそれは何度見ても見慣れない。そんな木兎さんの隣に座る赤葦くんは、初対面の時と同じようにペコリと頭を下げるものだから、それこそ「なんだその他人行儀は」と思ったりもするが、黒尾さんに叱られたんだからねと数分後に耳打ちされて納得する。嫉妬とかするタイプなんだもんね。そうだったそうだった。

「いま仕事終わり?大変だね」
「いえ、そんな」
「何飲む?ビール?」
「なまえちゃん、ビールは生じゃないと飲まないのよ」
「えっ?!そうなのか?!ぜいたく〜」
「赤葦くんもだよね?」
「いや、俺は缶でも別に」
「この間、缶ビールあんまり好きじゃないって言ってたじゃん」
「あっ!この間2人で飲んだんだってな〜、いいな〜」
「さっきも言いましたけど、偶然駅で会っただけですからね」
「俺も偶然会ったら飲みに行ってもいい?」
「だめです、残念ながらこの子、俺のだから」

黒尾さんの腕が肩にぐるりと回って私を抱き寄せる。ちょっと、と拒否してますよって反応をとってみるが、わかってる。お互い満更でもないって、そう思ってるのは手に取るようにわかるもので。黒尾さんが離してくれないから仕方なく私たち触れ合ってるのよって、そんな様子を醸し出して会話を続ける。

「いいな〜、なまえちゃんみたいなカワイイ彼女いて。黒尾、めっちゃ狙ってたもんな〜」
「え?そうなの?」
「うん、割とはじめっからいいって言ってたよな?」
「木兎クン、あんまり余計なこと言わないでもらえます?」
「でも言ってただろ?」
「言ってましたけれども」
「なまえさんも大概ですけどね。この間飲んだ時、ほとんど惚気でしたから」
「木兎さん彼女いないんですか?」
「おいおい話そらすなよ、詳しく」
「うん、今いないよ、フリー」
「前も言ったけどこいつ意外とモテるからな」
「かっこいいですもんね」
「性格がアレですけどね」
「かっこいい?!本当?!」
「赤葦は無視なのね」
「彼女欲しいなら外で飲めばいいのに、なんでまたここで騒いでるんですか」
「引越し祝いしようってうるせえんだよ、木兎が」
「引越し先も決まってないのに?」
「決まってないのに」
「外でやってくださいよ、3人で」
「だって引越し祝いだろ?引越し祝いなんだから引越す前の家で祝わないとな!」

3人は既に己の出す声のボリュームの調節が難しいくらいには酔っ払っている。身体に音量調節のボタンが埋め込まれていれば好都合なのだが、我々の身体はまだそこまで発展していない。19時を過ぎた頃だというのに、いったい何時から、どんなペースで飲んだらこうなるのだろうか。ましてや人の家で。

「私お腹すいたからなんか食べるね」
「すみません、ロクなもの残ってなくて」
「俺、買い出し行こうか?」
「黒尾さん酔ってるでしょ?いいよ、座ってて。自分でできるから」

キッチンでガサゴソやりだした私にそのままピトリとひっつき、俺がやるから座ってていいよなんて耳元で。うちのキッチンは対面式なので、リビングからはそこそこによく見える。きっとあの男たちからもよく見えるだろう。私の視界に彼らがしっかり入っているということは、そういうことだ。身を寄せるところを人に見られたいという欲などカケラも持ち合わせていないのでほどほどに距離をとろうとするが、今日の彼はとても面倒だった。

「黒尾さん、」
「俺がやるって」
「いい、座っててください」
「やだ」
「なに可愛い子ぶってるんですか、全然可愛くないですからね。自分のルックス把握してください」

手を洗う私を、後ろからぎゅっと抱き締めてくるが、その瞬間完全に赤葦くんと目が合うわけで、と思ったけど多分違う。黒尾さんが、赤葦くんと目を合わせている。災難だねと彼に初めて同情した。ごめんね、私が何気なく誘ってしまったせいで、タチの悪い嫉妬に付き合わせて。

「くーろーおーさん」
「ん?なぁに?」
「離して」
「えぇ〜」
「えぇ〜、じゃなくて。離してよ」
「やだ」
「赤葦くん見てるし」
「なぁ、なんで赤葦は赤葦クンなの」
「同い年だから」
「俺、なまえちゃんの彼氏ですけど」
「うん」
「黒尾さんってさ、なんか」
「鉄朗って呼べばいいの?」
「うん」
「鉄朗、離して?」
「ふふふ、だめ」

なんでこの人こんなに酔ってんの。可笑しくて笑いそうになる。腕に込められた力はとても強いのだが、どこか温和で、アルコールを一滴も摂取していない私だが、何となくいいかもなぁと思ってしまうから恐ろしい。間違いなく、ギャラリーがいなければこのままキッチンでイチャイチャして、リビングの大きめのソファに沈み込みたいくらいではあるが、残念。黒尾さんくらいに背丈のある可愛げのない男が2人、入場料も払わずに侵入しているからそれは難しい。無論、彼らだって私たちのそんなシーンは見たくないだろうし。

「ね、離して?」
「なんで?」
「恥ずかしいから」
「恥ずかしくないでしょ」
「2人の時にしよ?ね?」

馬鹿でかい赤子だ。そう思うと愛おしくなってきたりするので恋愛はやっぱり正常な人間がするもんじゃないと再度認識する。肩に顔を埋められながら名前を呼ばれるのはよかった。ぎゅぎゅっと心臓が苦しくて、全身がピリピリする。

「ふたりのとき?」
「うん、そ。2人のとき」
「…木兎と赤葦、早く帰んねえかな」
「帰んねえと思うよ、楽しそうだし」
「空気読めねえのかな」
「酔ってるからね」

結局私は何か簡単なものを作ることさえ諦めて、冷蔵庫の横の棚にストックしてあったスープパスタに熱湯を注いで3分待ち、彼の隣でそれを胃に収めた。案の定なかなか彼らは帰らなかったが黒尾さんが半ば無理やり終電で帰らせた。赤葦くんが部屋が散らかったままだと指摘したが有無を言わせずに、帰らせた。それから散らかったままのリビングで私たちは約束通り互いの体温と肌の質感を確かめ合うようにとろりと交わり、たくさんキスをした。そのままリビングでだらしなく眠って翌朝。目覚めた彼はぎこちなくて、とても愉快だった。

「昨日の黒尾さん、新鮮だった」
「ん?なにが?」
「覚えてないの?」
「覚えてない」
「私のこと離さない〜って駄々こねたのとか?」
「こねてない、記憶にない」
「本当に?鉄朗、覚えてないの?」

こんな一言でカァと頬を赤くし、クッションに顔を埋める彼が好きだ。小さなくだらない嘘はあっという間にバレてしまって、彼は悔しそうで。

「今度は動画撮ろうかな」
「いや本当やめて」
「覚えてるんじゃん」
「覚えてるよそりゃ」

2017/09/01