黒尾とルームシェア | ナノ
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散々考えた結果、こう思うのだ。まだ上手く整理できていないし、纏まってもいないので支離滅裂な戯言になると思うのだが、その辺りはおおめに見てほしい。
私と黒尾さんの出会いは、あまり良くなかった。とんだハプニングであったわけだ。それはまぁいい。ネタになるしいま思えばそこそこ愉快なのでいいんだけれど。何が問題かって、通常の恋人が順番にのぼっていくであろう階段を2つも3つもすっ飛ばしてのぼっているのが良くない。

「何、通常の恋人がのぼっていく階段って」

この駅前の居酒屋に入る30分前。あ、と。会釈で済まそうか声をかけようか。さてどうしようかと悩んでいる私と彼との間に流れる空気はあまりいいものではなかった。それを察したのか否か、向こうから話しかけてくる。これは意外な行動だった。お久しぶりです、と言う男の名は珍しかったので良く覚えていた。出会いがあんなものだったから、というのも勿論あるのだけれども。

「赤葦さん、」
「奇遇ですね。仕事終わりですか」
「はい、あの、そうです。いま終わって。赤葦さんお勤めこっちなんですか?」
「いや、今日はこっちに用があったので」
「そうなんですね、」

当たり障りのない会話、というのは案外難しい。さて何の話題を振ろうか。最近また暑くなってきましたね、かな。ど定番の台詞を口にしようとしたところで、男の方から声を出すものだから、私は少々怯んでしまった。

「黒尾さんと、聞きました」
「え?」
「え?」
「黒尾さん?」
「はい、付き合ったって連絡…え?」

何で知っているのだろうか。単純にそう疑問に思い、素っ頓狂な声を出すと、赤葦さんはその可笑しな雰囲気を察したようだった。言わない方が良かったのか?という邪念がひしひしと届く。いや、別にいいんですよ。いいんですけれども。こちらは知られていると思わないので。ねぇ?

「あの、なんか、すみません」
「あ、いえ、こちらこそ何かすみません」
「あの、黒尾さんを庇うわけではないんですが」
「赤葦さん、黒尾さんのこと嫌いそうですもんね」
「いや、嫌いではないですよ」
「好きでもない?」
「まぁ、なんですかね…えぇと、それはまぁ、いいんですけど」

話戻しますね、と。適当に嘘をつけばいいのに、変に素直な人だと感心した。感心…はしてないか。何というか、不思議な人だと思った。黒尾さんの倍くらいの密度で生えているつやつやとした黒い睫毛が綺麗で見惚れる。

「普段、黒尾さんは言わないので」
「何をですか?」
「彼女ができたとか、そういう類の報告はしてこないです」
「赤葦さんと木兎さんが黒尾さんはB専だ、っておちょくるからじゃないですか」
「仮にそうだとして、今回わざわざ連絡してきたのはみょうじさんが俺たちにおちょくられないレベルだと思っているから、ということですよね」
「わかりにくいですね」
「とにかく、」

特別なんだろうなぁと思いましたよ、と。黒尾さんと同じくらい背の高い彼は柔い表情で私を見下ろした。艶っぽい男だ。黒尾さんも「赤葦の彼女は可愛い」って言ってたような気がする。この美男子なら納得だった。可愛い女の子を脳内で描き、彼の隣に並べて楽しむ。楽しんだ後で、交わしたいくつかの会話で彼に頼ってもいいかもしれないと、そう判断した私は藁にもすがるような想いで彼に問うてみた。ぐしゃぐしゃのそれを、ぐしゃぐしゃのままにぶつける。私の熱量に圧倒された彼に「とりあえずどこかに入りましょう、それから聞きますので」と待てを言いつけられるくらいには興奮していた。だって、ねぇ。あんまりでしょう?付き合って、やっとこれからって時に「元カノに家バレたんで引っ越しま〜す」ってさ。何それ、滑稽すぎる。

「そんな言い方はしてないでしょ、さすがに」
「赤葦くんは彼女と付き合って何ヶ月?」
「半年くらいだね」
「どこまでした?」
「…あのさ、」
「一緒に住んでる?」
「住んでないよ、まだ」
「キスはしたでしょ」
「そりゃあね」
「ほら、それが普通なんだよ」
「なまえさん、説明下手だね」

回りくどいよ、と彼。滲みでるオーラは面倒くせえ一色。わかっていても止められない私はここぞとばかりに全てをぶつける。自分でも何が言いたいのかわかっていないけれどやめられない。口を開こうとした時、赤葦くんから発言。

「先に一緒に住んだから、って言いたいんでしょ」
「そう」
「好きになって、告白して付き合って、手繋いでキスして…が普通で」
「そう、それ」
「先にルームシェアとはいえ、同棲して、そっから好きになって告白して付き合って、って流れだからダメなんだってことでしょ」
「付き合う前にキスしたけどね」
「知りたくもない詳細情報ありがとう」

私と赤葦くんは同級生らしくて、アルコールが入った私はそこそこ馴れ馴れしく彼に接していたし、そんな私がよっぽど鬱陶しかったのか、彼の対応も粗雑なものだった。ほどほどのいいバランス。ついつい多くを口にしてしまう。

「黒尾さんって、大人じゃないですか」
「たまにね」
「今回の事も、なんか…すごい…」
「相談してほしかったんでしょ」
「うん」
「相談してって言えばいいじゃん。女の人ってそういうところ面倒だよね。察するのがいい男、みたいなあの感じ。いやいやお口があるんですからお話ししましょうね〜って思うよ正直」
「かっこ悪いじゃん」
「なにが」
「私ばっかり好きみたいで」
「そう?正直に言わないで離れた後にメソメソ泣いてる方がかっこ悪いと思うけど、俺は」

すみません、ビール。そう店員に話しかける男の何気ない一言は結構、重かった。何より、その絵が鮮明に描けるのだ。酔っ払った今の私でも、それは容易で、急に恋しくなる。あの背中が、声が、遠くに行ってしまうのが怖くなって、白と黄色の比率が美しいそれが運ばれてきたばかりの彼のことなんてどうでもよくて。

「帰る」
「え?」
「3000円置いとく、足りなかったら黒尾さんに言って。後日清算するから」
「いや、あのさ、情緒不安定すぎない?」

ケラケラ笑う彼、ウケる、と急に若者言葉。違和感しかないが、このまま黙って黒尾さんの行動を見守っているのには耐えられそうにもないから。

「行ってらっしゃい、タクシー拾える?」
「うん、拾える」
「送ろうか?」
「そんな気ないでしょ」
「あ、バレた?」

赤葦くんは幸福そうに液体を喉に流し込んでヒラヒラと手を振った。またね、と私が言うと「しばらくは遠慮しとく」なんて失礼な笑顔が返ってきた。暇そうなタクシーばかりでどれに乗り込むか迷うくらい。歩ける距離だけどいい。早く会いたいから財布の紐をこれでもかと緩める。運転手さん、もっとアクセル踏み込んでよって言いそうになる。黒尾さんからはメッセージがぽつん。今日遅い?帰ってくる前に連絡ちょうだいってそれだけの文章が一時間ほど前に届いていたことに今気付いて、あと5分で帰るよと、そう打ち込んで送るのはやめた。あと5分で着くのだ。連絡しようとしまいと何も変わらない。そう思ってスマートフォンをバッグにしまう。高鳴る胸がなんだか愛おしくて、タクシーの料金の支払いも1秒でも早く済ませたい。降りたらエントランスへ一直線…と思っていたのに。ぎゅっと、なんて可愛い表現がしっくりこない力で手首を掴まれる。タクシーはもう発進していて、え?何々?とひとりで騒つく。あ、と気付いた時にはもうほとんど、女がネタバラシをしていたから私があの時のスタイルは完全に美人なのに顔がそこそこな女だと理解したのが先だったのか、鉄朗と一緒に住んでいるんですかと質問されて理解したのが早かったのか、なんとも判断に困るタイミングだった。まぁどちらでもいいのだけれど。

「っ、」

手首が思っているよりも痛くて、いやいや離してよって言いたいけれどそんな空気でないことはいくら酔っているとはいえ判断できる。近くで見ると肌汚いなこの子、不摂生なのだろうか。そんな呑気なことを考えている私に彼女は言葉を続けた。彼女なのって。おいおいタメ口かよ。初対面の人には敬語を使いましょうって学校で習わなかったのか、可哀想で哀れな種族である。

「…離してもらえます?」
「答えて、」
「付き合ってたら悪いの?」

自分でも恐ろしいと思うくらいに冷酷な声だと思ったのもつかの間。手首はパッと解放されたが殆ど体当たりのような感じで女がぶつかってきて、私は盛大に尻餅をつく。夏の夜のアスファルトはぬるいんだなぁとか、そんなことを考えている場合でもない。手のひらは擦れて血が滲み、さっきまで掴まれていた手首は女が掴んだから、という理由ではない痛みがある。ただ、何より驚いていた。なに、こんなことってあるわけ?わかるよ、彼が誰もが認めるイケメンで、若手俳優みたいにかっこいいとか、そんなファンがいるような男と付き合っているという実感のなかった私はとにかく驚いていた。もちろん腹は立つし身体の所々が痛むが、女を見上げるとガタガタと、ではないが微かに震えているので、まぁそんなに悪い子ではないのだろうと判断する。罪悪感があるならまぁ、まだなんか、救いようがあるというか。非道な人間なら私にのしかかって首でも締めてくるだろうし、カッターとかナイフとか、そんな物騒なものを所持していないだけ、彼女は幾らかまともに見えた。黒尾鉄朗のことが好きなんだろう、きっと。気持ちはわかる、私も彼が大好きだから。

「おかえり」

1人で立ち上がれた。バッグの中から飛び出した手帳とスマートフォンも拾った。女にはなにも言わなかった。私もなにも言わなかった。エレベーターに乗った辺りで、手のひらがじわじわ痛んで、泣きそうになる。痛いのと怖かったのが今更ぶわりと押しかけてきて、鞄の中に部屋の鍵があるのにインターホンを押して彼を召喚する。ぎゅっと彼を抱き寄せて薄っぺらいVネックのTシャツをぎゅっと掴んだ。どうしたの、とすぐに異変を感じ取る彼が、やっぱりどう考えても好きだ。言いたいことは沢山あるのに、ただいま、の声すら出せないのだ。

2017/08/23