黒尾とルームシェア | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
このタイミングでそういうことします?ってそう思った。昨日の今日だよと呆れ、同時にイラっとした、というかまぁそうですよね〜、そんなに上手くいきませんよねってそんな感じだ。労働によって奪われた体力も、家に帰ればリセットされる。彼がいるからだ。すっかりあっさり恋してしまった彼がいるから。今日も黒尾さんは私よりも早く家に着いたようで、お出迎えをしてくれている。私たちの愛の巣のエントランスで、よくわかんねえ美人と一緒に。どうもありがとうね、素敵なサプライズを。ところでその人と黒尾さんって、どういう関係?
昨日の事後だって、いや君本当に黒尾鉄朗?と、何度もそう思った。そのくらい優しくて、格好良くて、あぁたまらなく好きって。果てた彼は私の身体中にキスをして、終いに唇に。何度も可愛いと褒め称え、大きな手のひらで頭を撫でてくれる。私が堪えきれずに好きだと零せば、俺も好きだよと照れ臭そうに言われるものだからまた好きになって。
だからこのシーンにはひたすら戸惑うけれど、彼らしいといえば彼らしいし、この私の行動も私らしいと思う。小顔で、品のある明るい髪色、肩と足をたっぷり露出し剥き出しのそれらはすらりと長い。ついでに言えばバストも豊満で、なんなら黒尾さんにはちょっと勿体無くない?ってくらい、ハイレベルな女。並んだ2人は完全に“よくお似合い”だった。声をかけるのもおかしいと思ってスルリと2人の前を通り抜ける。私の持論だけれど、ここで彼が私のことを無視なんてしようもんなら完全にクロ。ほら、どうすんのとチラリと視線を彼に向けて、もちろん女の顔も見て。あ、顔は割と普通だ。そこまで美人じゃない、とか思う私の性格って終わっていると思う。

「いや、だからさ、違うんだって」

あぁこれは完全にクロ。私のことは絶対、見た。私だって気付いた。なのにその雰囲気美人との会話をやめたりしない。私が彼女だって、一緒に住んでいるってバレたくないからでしょう?いいよ、私もそんなに子どもじゃないから2番目でも平気、なんて。そんなこと思えもしないし口にも出せないよ。だってこんなに好きなんだから。本当に好きなんだよ、それって私だけなの?そんなことを検討したって時間は巻き戻ったりしないからなんの意味もないのだけれど。鳴るヒールの音が悲しくて、こんなことでダメージを食らっている自分が情けなくて、エレベーターの中で必死に涙腺をコントロールする。 黒尾さんのことを思って泣くなんて、すこぶる馬鹿馬鹿しい。泣いてなんてやらない。あんな男のために。

「なまえちゃん?」

私が部屋に入って、5分くらい経ったら彼もお戻り。こちらの部屋の扉をふんわりノックしてくるが反応する必要もないと思って沈黙を貫く。名前を呼ばれるだけできゅんと嬉しくなるのも今は悔しい。結局、そりゃそうなんだよ。同じ部屋に住んでれば大して好きじゃなくなって交れたりするって。お手軽だもん。わざわざそういう施設に行く必要もないし、待ち合わせる必要もない。ここに私がいるから。それだけなんだって、理由は。好きだよ、と言ったこの詐欺師みたいな男の言葉を鵜呑みにする私がおかしいんだ、私が悪いんだ。

「なまえちゃん、」

なに、ってそう返事をしたら泣いてしまいそうだった。というかもう、若干泣いていた。私だってわかっている。さっさと扉を開けてお腹空きましたねって先制攻撃して「もう、黒尾さんてあぁいうタイプ本当好きですね」って。そう笑って言ってやればいい。それはわかるけど、実際そうできるかは別の話。入ってもいい?の言葉にも上手く反応できない。入るね、という言葉にも、だ。静かにドアを開けた彼はベッドに腰掛ける私に視線を向けて話しかけてくる。声色がいつもよりもか細いのは気のせいだろうか。

「…いい?」
「やだ、」
「嫌?」

ダサい。ダサいし、重いし、面倒臭い。
本当に好きだから彼の2番目でもいいなんて思えない。口先だけでもいいから1番になりたいし私だけだよってそう思ってほしい。そう言ったら彼は困った顔をして柔和に笑って「もう1番だよ」って言ってくれる、嘘つきだから。それも辛い、彼の瞳がそういう目で私以外の女の子を捉えるのが、ものすごく、嫌で。

「ルール違反、」
「え?」
「許可なく入らないって、お互いの部屋」
「あー…ごめん、そうだね」

決めたの俺だねってうわ言のように。こんなことを言ったって彼を困らせるだけだとわかっているが、言わずにはいられないのだ。独占欲がぼこぼこ煮えたぎってどろどろと染み渡るのが自分でよくわかる。いつものおちゃらけた、冗談たっぷりの彼はここにいない。私のこの反応に困り果てているからだ。

「言い訳してもいい?」
「ダメって言ったらしない?」
「あ〜…するね。するわ、ごめん、ちょっと聞いてて。流してもいいから」

よくもまぁ、こんな面倒な女に付き合ってくれるよなぁと感心さえする。は?お前めんどくせえないいから聞けよって、普段の彼ならそう言いかねないのに、なんでだろうか。この、違和感のある優しさは。それが嬉しいような擽ったいような悲しいような。ぐちゃっとした感情は行き場をなくして八つ当たりという形で口から飛び出して来そうだが必死に飲み込んでおく。
そんな私に気付いていそうな彼は、以前付き合っていた人だと、そう言った。いわゆる元カノだと。元々なんとなくで付き合ったからなんとなく別れたこととか、別れてから一年くらい経つこととか、もう今は何もないこととか、そんなことを話していた。私は彼の前置きを見事に鵜呑みして、ほどほどの集中力で話を聞いていた。ふぅん、とかそうなんだ、とか。それくらいの相槌を声に出さずに脳内で打っていたのに、とある一言でパッと彼の方を向いてしまう。

「若干ストーカーぎみでさ、この家もバレちゃって」

前の家もすぐ知られてそれで引っ越したのがここなんだけど、と彼は言うが真剣に聞いているはずなのにあまり意味がわからなかった。クエスチョンマークを頭上に浮かばせた私に彼は言葉を続ける。

「このマンション間取り広いでしょ、誰かと住んでるのって言われちゃってさ。それでなまえちゃんに声かけられなくて。ごめんね」
「どうするの」
「ん?」
「…また、引っ越すの?」
「うん…そうだね、多分」

そしたら私どうなるの?
そう声に出したかったけれど上手いこと声は出てこなくて、彼もそれ以上何も言わなかった。沈黙が10秒くらい続いて、“気まずい”が部屋にもくもくと充満した頃、黒尾さんはいつも通りの声で。

「言い訳終わり、ご静聴ありがとう」

ルール破ってごめんねと、そう言い残して扉をパタンと閉める。欲しいのはそんな言葉じゃない。ごめん、ここ来たばっかで悪いんだけど引っ越すから一緒に来て、次の休みに物件見て回ろう。どの辺がいい?間取りは今と似たような感じでいい?そう言ってくれれば私、それでいいのに。なんで出て行くわけ?しつこくないイイ男、とでも思っているのだとしたら頭がやられてしまっているとしか思えないわけだ、こちらも。

2017/08/14