黒尾 | ナノ
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当たり障りのない会話をした。お幾つなんですか、とかそんな会話。彼は自分よりも幾つか歳上だったが、驚きもしなかった。なるほど、というくらいで。数度言葉を交わす間に、顔立ちもなんとなくだが理解できた。
大抵毎日、このくらいの時間にランニングをしているらしい。天気が悪い時にはジムにも行くが、室内よりも屋外の空気が好きとかなんとか。正直あまり声は届いていなかった。いや、届いていないというと語弊があるのだが、内容をきちんと頭の中に入れられなかった。彼の隣で歩くことに、緊張していたのだ。

「ここ、です」
「なんだ、すげぇ近いじゃん。俺の家と」

俺あっちだから、って指が示したのはすぐ裏のマンションだった。強靭そうな、ちょっと高そうな建物。

「いいところ住んでるんですね」
「え?いや、そんなんじゃないけど」

どうしよう、って迷っていた。お礼がしたいからって連絡先を教えたかったが、なかなかそんな風に身体は動いてくれない。じゃあ、と軽く手を挙げる彼。待って、行かないでって、それも言えないから。そうだ、せめて。

「あの、」
「ん?」
「あの、私、なまえです。みょうじなまえ」

ぽかん、とした男はニヤリと笑って。愉快そうに笑った。

「そういえば名前聞いてなかった」

なまえちゃんね、とぼそっと言われて胸が弾む私はなんでこんなに惚れっぽいのだろうか。いや、別に惚れっぽい訳じゃない。だってナンパしてきたあの男になんて興味ないもん。多分、おそらく、彼だから、だ。

「黒尾鉄郎」
「くろお、さん」
「みんなクロって呼ぶけど」

流石に馴れ馴れしいだろ、と思ってそう呼ぶことはできなかった。ありがとうございましたって深く頭を下げれば、彼は焦ったように言う。頭あげろって。

「そんなたいしたことしてねぇから」
「いや、あの、本当、ありがとうございました」
「ん…まぁ、でも、気をつけなよ」

かわいいんだから、ってそう言って。パチリと目が合ったのは気のせいではないと思いたい。薄そうな瞼に、妙に色っぽい目。

「じゃあね、なまえちゃん。おやすみ」
「…おやすみなさい、」

長い足を滑らかに動かして、彼は私の手が届かないエントランスに吸い込まれていった。あっという間で、夢なんじゃないかって心配になるくらいで。
彼の名前を何度も何度も心の中で繰り返し呼んだ。また会えるだろうか。そればかり考えていた。

2016/03/14