(6/12)



漫画の世界だと分かったからと言って、若菜は何も変わらなかった。
自分が今現在存在し、生きているのはこの世界で、これが虚像だ空想だなんてことはないのだ。
今まで通り当たり前に生活するほか道がなかった、と言うのもある。

そんなことよりも、若菜にはさらに重視せざるを得ない問題があるのだ。




高校に上がった裕介とは、今までよりも距離が遠くなったしまった気がする。
さすが強豪校、と言ったところなのだろうか。
毎日遅くまで練習を重ね、さらに夜も自主練習を行っているらしい幼馴染。
その姿を嬉しく思う気持ちもある反面、寂しさを感じるのも事実だった。

未成年で同じ学生だったとしても、義務教育かそうでないかと言うのは環境が大きく違ってくる。
かつての若菜も、中学の時ほど縛りがきつくないが、責任も少しだけ増えた学校生活に少し戸惑ったものだ。
ましてや裕介の場合、中学校の時と違って互いに切磋琢磨して、同じ目標にまっすぐと進む仲間ができたことが大きいのだろう。


長い間、ずっと二人だった若菜と裕介だけの世界はもう終わったのだ。


出自のせいで同年代の人間となじめなかった若菜を、幼いころからそばにいた裕介は当たり前に受け入れてくれた。
当然だ。彼にとって若菜とはそう言う人間であることが当たり前なのだから。
裕介もまた同じく同年代の人間になじめなかったのは、やはり若菜のせいなのだ。
若菜が傍にいすぎたせいで、裕介は他との交わり方が、距離の取り方がつかめなかった。

でも今は違う。
環境が変わり、自立し始めた、しかも確固たる目標を持った人間の集まる中で、彼は彼を表現する術を見出した。
親離れする子を見守る親の気持ちに離れなかった。
単純において行かれたのだと思った。

「・・・落ちてるなー・・・」

ため息をついて、落ちていく思考を必死で上向かせようと、若菜は顔を上げた。


こんな考えに至ったのは学校で配られた志望校調査の紙がきっかけだった。
もう十ヶ月は前になるだろうか。彼が若菜にも総北へ来るように言ったのは。
その言葉通り、総北へ行くべきなのだろうかと言う疑問が浮かんだ。
学力的には問題ない。むしろ、教師に言えばもっと上のレベルをねらえとさえ言ってくるだろう。
両親はおそらく何も言わず、賛成してくれるだろう。
ただ、最初に来いと言った彼は、今も果たしてそう思っているのだろうか。
あの頃と、二人の関係は一見変わっていないようで、その実、違っていた。
若菜の中での裕介との距離は変わっていない。でも裕介の距離は―――

堂々巡りしている考えに気付きまた一つため息を落とす。


このまま黙っていても同じループを繰り返すだけだと、若菜は立ち上がって自室を出た。
今日は日曜で学校は休み。
志望校調査は来週中に提出するものだから、とりあえずは保留にした。


気晴らしに外へ出て、笑えるような本でも探そうと図書館に出かけることにした。
残暑が厳しかった今年もようやく気温が落ち着き、歩いて出かけるには丁度いい頃合いだ。
両親に夕飯前には帰ると伝えて家を出る。
秋晴れの空を見上げれば、少しは鬱屈とした心情も晴れる思いだ。



しばらく歩いていると前方からペダルを回す音が聞こえてくる。
一瞬ぎくりとしたが、すぐに姿を見せたのはカゴ付きのママチャリだった。
ママチャリに乗った男の子は嬉しそうに息を弾ませてペダルを回している。
裕介も今頃あんな風に楽しそうに乗っているのだろうかとなんとなしに眺めていると、急にバランスを崩した男の子が情けない悲鳴を上げながら自転車ごと倒れてしまった。

「だ、大丈夫?」

思わず駆け寄ると、男の子は恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めて、なぜかすみませんと謝ってきた。

「カゴに乗せていた荷物が落ちそうになってあわててしまって・・・」
「怪我は?」
「怪我は大丈夫です。何とも・・・って、CDが!!!」

割れてないよね?だいじょうぶかな?なんて一人でぶつぶつ言いながら袋の中を覗き込んで、中身に破損がないことが分かってほっと安堵のため息をついた。

「割れてなかった?よかったね。・・・あ、何か落ちてるよ」
「え?あ!」

転んだ拍子にバッグから零れたのか、丸いカプセルがころころと転がっている。
拾い上げれば中にはまるっこいヒツジのフィギュアが入っている。
そしてそれを囲むように「ラブ☆ヒメ」と書かれた紙が巻かれていた。

「あああああ!えっと!それはですね・・・!」

若菜はこれを知っている。
最近テレビで人気のアニメだ。
さらに言えば、若菜はこれを前世でも知っていた。
正確に言えばこの世界が登場する漫画を読んでいた友人がファンで、その漫画の中で登場する劇中歌であるこのアニメの主題歌をよく口ずさんでいたのを耳にしていた。

「面白いんだよね?」
「っ・・・はい!面白いです!」
「・・・分かったありがとう。見てみるね」
「ホ、ホントですか!?え、でもなんで急に」
「あ、ごめんね。なんだか楽しいこと探してて。そう言えば友達がこれ好きだって言ってたの思い出して」
「そうだったんですか。ボクもオススメします!・・・って見ず知らずの人間に言われてもってカンジですよね」
「ううん。私こそごめんね。はい、これ。こっちも割れたりはしてないみたいだよ」

若菜が手に持っていたカプセルを渡そうとすると、男の子は首を振った。

「そ・・・それよかったらあげます!同じものでたし・・・」
「いやそれは悪いよ」
「いえ、もらってください!それ、ラブ☆ひめに出てくる主人公の執事のメージュってキャラなんです。それで、あの・・・ボク、うれしくて!学校でアニメの話できる友達もいなくって、それで・・・!」

興奮気味に、でも感情に言葉がついて行かないのか、つっかえながらも一所懸命話す彼を見ていたらなんだか微笑ましくなってきた。
さっきまでの気分が一気に吹き飛んで行ってしまった。

「じゃぁありがたくもらっとくね」
「は、はい!」

じゃぁまた、なんて手を振って別れた二人。

(また、があると良いな)

その時は、面白かったと感想を伝えられたら良い。
そう思いながら若菜は図書館に向けていた足を、レンタルショップへと向けて歩き出した。


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