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新開が彼女と出会って、わずか数日と言うべきか、もう数日と言うべきか。
会話する機会はほぼ毎日あったのにもかかわらず、トータルの会話した時間は少なかった。

それもそのはず、彼女の方が見た目にそぐわず異常なまでに照れ屋なため、また新開は新開で焦る気もないので、進展は亀の歩みもかくや、と言ったところだった。
我ながら結構毒されている、と思わなくない新開である。

「新開くん、寮生なのにウサギ飼ってるってホント?」

その日の話題は新開が世話をしているウサ吉だった。
と言うか、彼女の情報網はいったいどうなっているのか。
他校生だと言うのに、彼女はいろんなことを知っている。
女子界隈の噂の伝搬力を舐めていた、とひっそり背筋がひやりとする。・・・やましいことはないのだが。

「飼ってるってのはちょっと違うかな。オレが拾ったウサギを飼育小屋においてもらってんだ」
「ふぅん?」

拾った経緯を話すのはさすがにはばかられて、ごまかすように笑えば彼女は少しうかがうように新開をじっと見つめた後、「そっか」とだけ言ってそれ以上聞いてくることはなかった。

数日の付き合いだが、彼女は良くも悪くもこちら側に踏み込んでくるようなことがなかった。
パーソナルスペースが強固なのか、物理的な距離と言う意味でも名目上は「彼氏彼女」の関係だと言うのに、クラスメイトよりも遠い。
新開としてはもう少し、あと30センチは詰めたい、と言うのが本音なのだが。

「ウサギ好きなのか?」
「可愛いものは好きだよ。ウサギは本物見たことないけど」
「そうなのか?珍しいな」
「そうかな?少なくはないと思うけど・・・犬とか猫とは見たことある」
「まぁメジャーだしな、その辺は」
「でも、実際に触ったことはないんだよなぁ」
「え?今まで一度も?」
「うん。見たことしかない」
「・・・じゃぁ、見に来る?」
「何を?」
「ウサ吉」
「ウサ吉?・・・あぁ、ウサギの名前か・・・・・・え!?」
「飼育小屋なら裏門から入れるし、他校生が来てもそんなに目立たないし」

明らかに断ろうとしている彼女に「行かない」と言われる前に新開はウサ吉がいかに人懐っこくかわいいかやら、飼育小屋周辺はめったに人も来ないから大丈夫だやらと何とかして連れて行こうと必死だ。
ここを逃してしまうとまた近づくチャンスを逃してしまう気がして、あの手この手で気を引こうとした。
そんな新開の気持ちが通じたのか、彼女はちょっとだけ呆れが混じった笑顔で「いく」と答えてくれた。

「じゃぁいこう」
「うん。・・・わっ、そんなに引っ張らないで!」

差し出した手に彼女がおずおずと手を重ねた途端、歩き出した新開に、引きずられるようにして歩き出した彼女の悲鳴にはっとして、少し歩調を緩めて。

「・・・新開くん、なんか楽しそう」
「こうして二人で歩くの、初めてだからな」
「そう言えば・・・そうだね。初めてだね」

遠くを見るようにちょっとだけ目を細めて、彼女はつないだ手を握り返した。

「一緒に通学してるみたいで、なんかうれしい」

そんな言って、本当にうれしそうに笑うものだから、

「・・・・・・抱きつぶしそう」
「え?何か言った?」
「いや、なんでもない」

折角歩調を緩めたと言うのに、照れをごまかすために歩き出した新開の足は速くて、おまけに歩幅も大きいものだから、結局彼女は引きずられながら箱根学園へと連れられるのだった。

周りを気にする必要もないくらいだった人のまばらな裏門をぬけて、飼育小屋へとやってきた二人。
彼女はもの珍しいのか、きょろきょろとあたりを見回している。

「あ、ほら、こいつがウサ吉だよ」
「わ、ウサギだ!可愛い!」
「抱いてみるか?」
「いいの?大丈夫?」
「心配しなくても噛んだりしないぜ?」
「いやそうじゃなくて、しらない人が抱いてびっくりしたりしない?」
「しないしない」
「どうやって抱っこしたらいい?」
「片方の腕でお尻から支えるようにして、もう片方で落ちないように添えて・・・そうそう」
「わ、ふわふわー・・・ふふふふふ」
「・・・アン、笑い方怖い」
「だ、だって、ふふ・・・ふふふふふふ」
「いや怖すぎだから。嬉しいのかもしれないけど緊張で顔強張って真顔になってるから」
「え!?やだ!」
「写真とっとこ」
「いやー!やめてー!あ、おっきい声出してごめん!あっ!」

突然の大声に驚いたウサ吉が彼女の腕から逃げだしてしまった。
それを惜しむように見つめているのだが、さっきの不気味な笑いを見た後なのでなんとなく食う気なんじゃなかろうかと変な心配がよぎった。

「ふわふわでかわいかったのに・・・もうちょっとだっこしてたかっ、くしゅっ」
「写真撮り損ねちまったな」
「それは良いの!くしゅっ、くしゅっ!」
「小動物みたいなくしゃみするな」
「なんか急に鼻がムズムズして・・・目も痒い」
「ウサギみたいに真っ赤だな。どうしたんだ?」
「分かんない・・・けど、痒いぃ」
「もしかしておめさん、動物アレルギーか?」
「初めてだからわかんないけど・・・そうかも。動物触るの初めてだし」
「それじゃここに居ちゃマズイな。とりあえず出よう」
「う、うん。はっくしゅっ、くしゅっ」

目をこすりながらくしゃみを連発する彼女を飼育小屋から出るように促せば、全く前が見えていないらしい彼女はふらふらと金網に向かっていって、新開が止める間もなく激突していた。

「い、いたい・・・!」

音からさっするにかなり勢いよく突っ込んだようだ。
心配になって顔を覗き込んだ新開だったが、金網にぶつかったせいでくっきりとその跡が残る額と左ほおに、不意打ちのことで思わず吹き出してしまった。

「お、おめさん、ヒドい顔・・・!」

目は真っ赤に充血して涙を流し、鼻水が垂れそうなのか鼻をすすりながら痛む額をさすって、様に踏んだり蹴ったりと言った様相だ。

「女子に向かって顔がヒドいって!」
「いや、意味が・・・ははっ!やばい、ハラよじれそうだ!」
「も、もおおお!外でるから扉開けて!」
「ちょ!そ、そっちただの金網・・・!こ、こっちが扉だから・・・!」
「間違ったの!!!!」

新開くんの馬鹿ー!と叫んだ声に、小屋のすみで二人を見守っていたウサ吉が、新開とともにびくりと身をすくませた。


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