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自分から声を掛けることなんて滅多に無い。
(いつもなら女の子の方から食べられに来るからね)
専用の部屋に入ると、すぐに大きめのソファーに押し倒す。
本当ならこんな時、コーヒーのひとつでも出すのが礼儀なんだろうけど。
雰囲気なんて関係ない。
どちらにしろ彼女は催眠にかかってこのエンヴィーにめろめろだし、そうと決まれば早く食べてしまうに限る。
「ね…先生が特別にいいこと教えてあげる」
ハイドの口に噛み付くようなキスをする。
薄く柔らかい唇の中は、暖かくてほんのり甘い。
ちゅくちゅくと水音が鳴り、ハイドの口内を犯す。
彼女の口から小さく漏れる吐息と合間って、頭の中がとろけるような快楽を感じた。
キスがこんなにも気持ちよかったことなんて、あっただろうか。
「っふ……ぅ……」
口を離し、ゆっくりと首筋に舌を這わせ、喉元の柔らかい肉に噛み付いた。
血を吸う時はなるべく痛くしないように。これがポリシー。
彼女の両手は震えている…と思いきや、しっかりと背中を抱きしめていて、処女にしては珍しいタイプだな、なんてぼんやりと思った。
ちぅ、と傷口から優しく血液を吸いとれば、ぐらりと目眩がするほどの甘さ。けれど何故かほろ苦くて、これ以上ないほどの美味だった。
いつもならそこまで吸わないのだけど、ハイドの血はどうも病み付きになりそうなほど美味い。気分が高揚していく。恍惚とした何かがこみ上げてくる。それから、
ひどい身体の熱が、生まれ出す。
「…っ、は、」
急な身体の変化に、思わず首筋から口を離した。何だこれ、こんなの初めてだ。
「…ふふ、もういいんですか、エンヴィー先生?」
「!?」
頭上からした声に顔をあげると、冷たい微笑みを浮かべたハイドの顔が目に映った。
「お前…」
「もっと飲んでいいんですよ?その方が私も楽だし」
「っなに、が…!?」
びくん、と身体が痙攣した。
身体に力が入らない。指先が痺れてきた。なんだよこれ。こいつ一体何者だ。
「エンヴィー先生は本当に馬鹿ですね。簡単に演技にひっかかってくれますし。ラスト先生とは大違いですよ」
「う、わっ!」
形勢逆転とはまさにこの事。さっきまで押し倒してた筈なのに、今はこっちが押し倒されている。
ハイドの襟足の髪が頬を掠めた。
「エンヴィー先生、吸血鬼狩りの一族って、知ってます?」
「吸血鬼、狩り…?」
「吸血鬼を退治するため…根絶やしにする為に悪魔と契約した、なんて言われてる。それが生業って感じですかね」
「まさか、お前…!」
悪魔のような笑みを湛えたハイドの表情に、ゾクリと悪寒が奔った。
胸元を這う彼女の綺麗な指が、シャツのボタンをゆっくりと外していく。
肌から伝わる感覚がいつもよりしっかりと伝わってくる。
何十何百年と生きた中で、こんな得体の知れない恐怖を感じたのは初めてだ。
「っく……ぅ…!」
「ここ……」
はだけたシャツの下、肌を直に指で触れられる。
彼女は心臓のあたりを指でトントンと叩く仕草をして、ニヤリと笑った。
「ここに鉄の杭を打ち込めば、直ぐに終わるお話しなんですけどね」
「っ!!」
「でもそんなのってつまらないじゃないですか。それに先生、私の好みですし?」
ああ、まさかあんな伝説みたいなお話しが本当に存在していたなんて。
しかもこいつが、なんて。
「馬鹿な先生…否、エンヴィーの為に、"特別にいいこと教えてあげる"」
…なんて、最悪。
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