melancholy
穏やかに 緩やかに、時は過ぎて行く。 掃除をして、料理を作って、兄弟たちの留守を預かって。 その単調で些細な意義こそが幸福であるということを、私は知っている。
目を光らせ獲物の到来を待つキメラたちの合間を縫って、お父様の部屋へと赴く途中、背後に誰かの足音を聴いた。
「おかえりなさいませ」
「…メランコリー」
薄暗い通路で、エンヴィーと向き合う。 彼の表情は影にかくれて見えなかったが、彼の肢体にこびり付いた血液を見逃しはしなかった。
「第五研究所、ですか」
「今日は違う」
声音から彼の気分を推測するのは難しかった。
「その血液は……」
「ああ、これ?」
くつくつと低く笑う声、途端に露わになる表情。
「無駄に勘繰って知り過ぎた人間を始末したのさ。はは……いい気味だったよ」
にやりと歪む端正な顔は、私を見ているようで、見ていない。 楽しそうに語るその笑顔には狂気が混じっていた。
「奴の妻に化けてやったらさぁ、動揺して何も抵抗しなくなったんだよ」
ほんと、馬鹿だよね、人間って
次の言葉を予測することなど容易い。 彼の"嫉妬"の矛先は、余りにも単純で。
「……それでも」
エンヴィーの手を取る。 私はただ、思うままを伝えるだけ。
「無事で、よかった」
こびり付いた血液を、指で拭った。 黒く変色したそれは、指の圧力だけでポロポロと崩れ落ちる。
「メランコリー?」
「この血がエンヴィーのものじゃ無いのなら、……いいの」
私の正面、目線を少しあげると、エンヴィーと視線が交わる。 今度は彼が、私の手を取って。
「…堪えられないよ。エンヴィーが傷付くなんて」
彼はただ黙って、私の言葉を聴いていた。 もう後悔はしない。そう決めたから。
「だから、ね、絶対帰ってきて……ここに、私の元、に」
既に彼の表情から狂気は消えていた。 彼の瞳に映る私は、酷く穏やかな表情をしていて。
「あたりまえだよ、だって
家族 だからね」
触れ合う唇の感触を、微かに、懐かしいと思った
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扉が開く音、そして大きな金属音が響いた。 凶暴なキメラたちを収容している部屋の扉が開け放たれていて、中に誰かの話し声を聞いた。
「さぁ出番よ、出なさい、バリー・ザ・チョッパー」
檻の中の人間らしき生き物を見下ろすのは、ラストとエンヴィー。 私の存在に気付いたのか、二人は同時に振り向いた。
「あら、メランコリー」
「こちらのキメラに、何か御用時ですか」
「こいつを使って、ネズミをおびき出すのさ」
彼らの足元には、何かの残骸が散乱していて。 私はその光景に、少しだけ顔をしかめる。
「メランコリー、グラトニーが散らかしたあと、片付けといてね」
「ついでにキメラの食事も……早急にお願いするわ」
「承知しました」
私は彼らの力になり得ただろうか。 彼らに比べてなんの力も持たない私を、記憶のある頃の自分は嫌悪していたかもしれない。
それでも、私にはわかる
誰もが他人を必要として、誰もが愛に飢えている
「……行ってくるわ」
消えた筈の私が此処にいる理由。 そんなことはもうどうでも良かった。
「行ってらっしゃいませ」
私は地上へと赴く彼らの背中に、精一杯の笑顔を向けた。 愛する"家族"を見送る幸せを、全身で感じながら。
- albino of atonement the end -
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