私が望んだ結末
約束の日は過ぎ、この場所には私だけが残った。 皆がいた"お父様の家"は、瓦礫の下に埋まっている。
閑散とした残骸の山、曇り空は月の光すら満足に与えてくれなかった。
( 一番脆弱な私を残したまま )
( 誰一人、帰っては来なかった )
お父様が消えた今、他の兄弟たちは恐らくもう生きてはいないのだろう。
( 零れるのは、私の涙か、それともー…… )
足元に転がるナイフは、薄暗い月光に鈍く反射した。 まだ温かな鮮血は、私の生命と共に、緩やかに流れ落ちていく。
手を伸ばすと、指先が夜空に霞んだ。 灰のようにさらさらと崩れ落ちる様子が、遠い日の景色と重なった。
そこから押し寄せる様に浮かんでいくのは "憂鬱"としての、私の記憶
( 罪も記憶も色彩も何もかもを忘れて )
( もう一度あなたに出会えたなら )
消える間際に、全てを思い出すなんて
( 私の罪を赦してください )
なんという僥倖か
"憂鬱"という本能に縛られて生きたその全てを、 今なら穏やかに受け入れることができるだろう
愛情を失うことが怖くて 関心を持たないフリをした
自分を認められたくて それだけの為に使命をこなした
能力のない自分を嫌って、僻んで 他人と比較して、羨んで、妬んで そんな自分が嫌で、苦しくて…
だけどそれは、"嫉妬"であるエンヴィーも同じで
同じ境遇の、血を分けた兄弟 理解し得ない筈が無かった
互いが互いの罪を自覚しないまま 不器用な形の愛で傷付け合って
いつしか互いを必要として
だけど好きになればなるほど 愛すれば愛するほど 罪悪感は身体を蝕んで
( 罪滅しはただ"一死"あるのみ、と )
そうして私は、本能のまま、私を殺して
ーーだけどあの時、エンヴィーがいたから
指先の温もりを感じたから
「生きたい」と、思えたんだ
「 全てを忘れて、もう一度巡り会えたら 」
あの時私は確かにそう祈った。
そうして、望みは叶った。
( だからこそ、私は"私の望んだ結末"を、こうして迎えようとしている )
あぁ、お父様。
なんの現世の楽しみも顧みず、ただ永遠の真理の為に命を捧げようとしながら、貴方はついに何一つ成し得ることはなかった。
お父様、それでも私は、いつまでも貴方を尊敬します。
大好きなお父様。
私たちを産んでくれた、お父様。
今あなたの元へ還ります。
生まれた場所へ。
皆の元へ。
自らの胸に手を当てる。そこは流れ落ちる生温い血液の感触がした。 やがてその感覚も、灰となって消えてしまうのだろう。
せめて崩れ落ちる最後の瞬間まで、戻らない幸せな時間に思いを馳せていよう。
憂鬱、それは悲哀に満ちた、愛情の喪失と苦しみ
愛し愛されることへの渇望は、時に自分を苦しめるけれど
素直に受け容れる勇気さえあれば
こんなにも、幸福で満たされる
「……、メランコリー、」
私を呼ぶ声が聞こえる
「メランコリー、」
手を伸ばすのは、愛しい兄弟
「……エンヴィー……」
彼の手に触れる
「おかえり、メランコリー」
今度は掴み損なうことのないように
「 ただいま 」
END
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