subjective symptom





100年間。孤独は無償の愛を欲した。
受け容れてくれる人。
愛してくれる人。
愛する人。
何処かに有るはずの、家族。

記憶を失くす以前、私とエンヴィーは、充分に愛し合っていたのだろうか。
彼の言葉や眼差しの奥に、確かな愛情と、悲痛な感情を見た。
そしてそれは私も同じ。

私が自らを殺した理由は、おそらく誰も知らない。
或いは記憶が戻れば理解できるのかもしれない。

住む場所があって、家族がいて、存在意義があって
"私"が"私"を殺してまで手放したものは

渇望していた全てだったと云うのに




「あら、メランコリー」

「お帰りなさいませ、ラスト、グラトニー」

「メランコリーただいま〜」

お父様の部屋。二人からは外気と土の香りがした。
ラストのコートはまるで何かに貫かれたように穴が空いていて、赤黒い血液のようなもので縁取られていた。

それを見た途端、不安定な感情が頭をよぎった。

「ラスト、これは……」

「あぁ、これね……やられたわ、マルコーに」

ラストは両手を広げて、ため息をつきながら笑う。
しかし私は、駆け巡る不安感を押し殺すことに必死だった。

「……生きていて、良かった……」

堪えて堪えて、絞り出した言葉。
ラストは大袈裟ね、と言いながら、困ったような笑みを浮かべた。

「でも気を付けるわ。心配してくれてありがとう」

彼女の手が私に触れるまで、震えていたことにすら気が付かなかった。

「メランコリー…?」

「……コート、直しておきますね」

私は彼女の顔も見ず、コートを受け取った。
不思議そうに私を見ていたグラトニーの横を通り過ぎると、振り返りもせず部屋を後にした。





……





彼女の部屋に入ると、私のコートを修復するメランコリーの姿があった。
彼女は私を見つけると、ぎこちなく微笑んで会釈をした。

「悪いわね、そんなことまでさせちゃって」

「良いんです。時間もありますから」

メランコリーは慣れた手つきで針と糸を使う。水仕事の多い彼女の白い手は、小さくひび割れていて。

彼女はホムンクルスだ。しかし核である賢者の石の力は殆ど残っていない。
特別な能力もなく、外傷を受けた部分を構築する力すら失われている。
お父様はこのままで良いと言ったが、私は彼女が心配だった。
人間と変わりない、脆く儚い命。
彼女の生命の、なんと脆弱なことか。

「傷はもう大丈夫なんですか」

彼女は手を動かしながら、私に問う。

「ホムンクルスは、賢者の石の力が尽きない限り死なないわ」

「……そうでしたね」

繕っていた手を止めて、メランコリーは静かに私を見た。
瞳に涙を溜めて、溢れそうになる感情を抑え込むような、悲しい表情をしていて。
突然のことに、驚愕する暇も無かった。

「私は、どうしてそんなに死にたかったのでしょうか」

「メランコリー……」

ホムンクルスを殺すには、石の力が尽きるまで殺し続ける他術は無い。
自らを殺すとしたら、何度も何度も、自分を殺し続けるしかないのだ。

「エンヴィーから、聞いたのね」

「………ねぇ、ラスト!」

メランコリーは私の腕を掴んで、少しだけ大きな声を出した。
彼女の感情的な姿なんて、見るのは初めてで。

「私は、ラストが……皆が、傷付いたり……死んでしまったりしたら、すごく嫌です……怖いです、辛い、です……」

俯いた彼女から、透明な雫が落ちていく。

「記憶は、戻らない、けど……今こうして、兄弟に会えて、皆に会えて…私、一人じゃなかったって……嬉しくて……」

「……、メランコリー……」

「なのに、私は……どうして……こんなにも、

悲しいの……」




( あぁ、これが憂鬱の正体か )




罪悪感、劣等感、自傷、贖罪

その根源にあるもの

それは失われることへの恐怖と

愛への限りなき渇望








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