want to know
お父様とラストとエンヴィーとグラトニーと、私。 この場所にいるのは5人だけ。 他の兄弟たちはまだ仕事中で、地下にはいない。 一日の殆どを掃除に費やす私は、暇を持て余すことも無く、意義を与えられたことへの喜びと少しの使命感を感じながら、作業をこなすのだった。
実験動物やキメラを管理する部屋は、血や肉の残骸、そして噎せ返る程の腐敗臭で充満していた。 強烈な悪臭に目の奥が痺れるような錯覚を起こす。しかしそれにも慣れてしまった。 キメラたちの唸り声が薄暗い部屋に響く。 檻の中を忙しなく動き回るもの、じっと座ってこちらを見ているもの、様々な生物たちがいる中、一際大きな檻、人間の形をした"それ"が目についた。 "それ"は顔にボロボロのマスクを着けていて、手足の先が赤黒く変色していた。 部屋に充満している腐敗臭の根源がそこにある様な気がして、私は檻に近付いていった。 人間の様な"それ"は格子を掴み、涎を垂れ流しながら唸っていた。 人体実験の産物だろうか。
突然、視界が逆転した。
何か強大な力で、後ろに引っ張られたらしい。 バランスを崩して後ろに尻もちを着くと、私を引っ張った張本人の顔が目に映った。
「そいつ、危ないから近付かない方が良いよ」
エンヴィーは私の顔を覗き込んで、言葉を続けた。
「この部屋は大まかな掃除だけで十分だよ、メランコリー」
檻の中の"それ"は、格子に手をかけたままこちらを凝視していた。
「……これは、人間……ですか?」
「人間だったものだ。こいつの魂は今別の場所にあって、空になったその容れ物に別の実験動物の魂を入れたんだよ」
「……理解し難いですね」
彼は鼻で笑う。そして如何にも"くだらない"と言いた気な口調で、言葉を返すのだった。
「ホムンクルスが"理解し難い"なんて、笑えるね」
部屋を出ると、清涼な空気に思わず深呼吸をした。 時刻は14時30分。夕食の準備までには時間がある。
「ねぇ、メランコリー」
「何ですか」
立ち止まり振り向くと、後ろを歩くエンヴィーがすぐ側に居た。
「ほんとに、何も覚えてないの?」
「何を、ですか」
「……"前"のことだよ」
エンヴィーは真面目な表情で私に問う。 しかし私は、ため息をつくことしかできなかった。
「……ごめんなさい。本当に、覚えてないの」
「何か少しでも、思い出したことは?」
俯いて、左右に首を振る。エンヴィーは、そう、と言ったきり、口を噤んだ。
「……あの、もし良かったら、」
次に口を開くのは私。
「記憶がある頃の……私の話しをしてくれませんか」
彼は目を逸らした。 そして、少しの沈黙。
逡巡する仕草も、言葉にする事を躊躇う様子も、 ラストと同じだ。
手を掴まれて顔を上げると、無表情のエンヴィーが私を見ていた。
「……知りたいなら、教えてあげる」
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