mortal
「掃除と、食事の準備……それから、キメラの世話、ですか」
「そう。それがあなたの役目。そして此処があなたの部屋」
再び部屋を見回す。ベッドの他に何も見当たらない灰色の空間は、ひんやりと冷たかった。
「これも、あなたの物よ」
そう言ってラストは私に、黒い布を差し出した。広げてみると、それは厚手のケープコートであると云うことがわかった。
「私の……?」
「地上に出る時はいつも着ていたわ。よく手入れもしてあったから、一世紀経っても形が綺麗なままね」
よく見ると、所々に繕った跡が見て取れる。物を見れば、以前使用していた人の扱い方がわかるのだ。
「……いなくなる前の私は、どんな人物でしたか」
「記憶が有る頃の……って事ね。……今のあなたと、変わりないわよ」
「どうして私は、いなくなったのですか」
「……どうしてかしらね」
妖艶な微笑みを絶やさぬ瞳が、少しだけ逡巡したのを見逃さなかった。
………
100年振りに見た"娘"は元の姿に戻っていた。 白い姿は罪無き証。罪の子に囲まれて自らを擬態していたものが、石のエネルギーの欠如と共に剥がれ落ちたのだろう。 他の兄弟たちの様に特別な力を持たず、永く生きる術を持ちながら、人間に最も近いそれは、"人造人間"としてーー完全な存在であると云う事実を証明していた。
憂鬱。それは罪で無く、人間として持つべき最後の感情であった。
人間の様に愛を憂い、情に迷い、意義を探す。 それ故、メランコリーが自死したという知らせは、驚くべき事実では無かった。 彼女の末路など、生まれた時から既に決まっていたのだ。
「お父様、メランコリーはーー」
「……そのままで、良い」
ラストの言葉を制す。 再生能力の無い妹を心配しているのかーーしかし、このままで良いのだ。 彼女は"唯一つの命"を持って初めて、"人間"として完成したのだから。
………
黙々と掃除をするメランコリーの後ろ姿を見て、懐かしい気持ちに囚われる。 グラトニーを連れて出て行く途中、彼女はわざわざ私たちに向き直って、「いってらっしゃいませ」と丁寧な挨拶をした。 記憶が無いにも関わらず何もかも変わらない彼女の行動が、哀しくて愛おしい。
東部行きの汽車に揺られながら、遠い記憶に思いを馳せた。
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