my name is
灰色の壁と天井。 薄暗い部屋の中、目を覚ました。
「おはよう、メランコリー」
私が横たわる簡易ベッドの淵に、黒髪の妖艶な女性が腰掛けていた。
「貴女は……」
「……本当に、記憶が無いの?」
彼女は溜め息混じりに言葉を紡いだ。私はただ、混乱しかけた脳内を鎮める事で精一杯だった。 これまでの記憶を辿る。私はコーネロに助けられ、しかし"それ"はコーネロではなく、黒髪の少年で、少年は私を、「メランコリー」と呼んだ。 そして目の前の女性も、私をメランコリーと……
「貴女は、私を知っているのですか」
意識を持ってから100年、それ以前の私を。そんな筈はない。100年も老いずに生きた人間(とも呼べるのかわからないモノ)の素性など、誰も知る訳がない。 しかし彼女の答えた言葉は、私の想像を遥かに越えたものだった。
「当然よ。貴女は私のーー兄弟だから」
…………
「兄弟……」
この状況で喚きもせず、騒ぎもせず、ただ私の言葉を受け入れる。 それは彼女が"メランコリー"だからなのか、それともただ混乱しているだけなのか。
「いつからの記憶が無いのかしらね……。気が付いたのは何年前?」
「……100年程、前……」
彼女は呆然とした表情のまま、ぽつりと呟いた。
「そう、それならもう自分が人間ではないことは理解してるわね」
「…………」
無表情なのは記憶を失ってからも変わらないらしい。 そして同じく、理解が早い事も。
「……私は、"何"なんですか?」
「……よく見ててね」
爪を尖らせ、自らの胸を引き裂く。そこから覗く赤い石を、メランコリーに向けた。
「これは、賢者の石と呼ばれる術法増幅器。これを核に造られた人間が私たち……
ホムンクルスよ」
………
彼女の言葉を受け入れる他術は無かった。 彼女の胸元にあるウロボロスの刻印、そして肩から手首にまで伸びた導線のような跡。 それは私にあるものと同一だったからだ。
彼女の説明はわかり易く、しかし理解し難い内容だった。
"お父様"に生み出され、その為に働く存在。 その感情から創り出されたホムンクルスは、私を除いて7人。 コーネロに化けた少年も同じ存在だと、彼女は語った。
「ホムンクルス……」
自分が人間では無いと云うことを、薄々理解してはいた。 しかしこうして存在の証明を確立された途端、私は少しの絶望と、安堵を感じていた。
「私はラスト。2番目に創られたホムンクルスよ」
彼女は私の胸に、とん、と指を乗せた。
「そして貴女はメランコリー……4番目に創られたホムンクルス」
彼女の言葉が、すとんと胸に落ちた。
メランコリー。
私は、憂鬱の、ホムンクルス。
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