黒猫 | ナノ


▼ 恋人限定

『恋人割引』なんていう理不尽な割引があっていいものか。
友人のくれた所謂"お洒落な喫茶店"のお洒落なチラシをペラペラさせながら、お酒を嗜む。
病み上がりのビールは格別だね、なんて親父くさいセリフを言いそうになった。
それにしても『恋人限定パフェ300円引』って、恋人のいない私にとってかなりショッキングだ。恋人がいない人にこそ『憐れみ割引』的なものを作るべきじゃない?だって恋人がいるだけでもずるいのに、それにパフェ300円引って。アイスとホイップクリームとチョコケーキが盛られたチョコパフェが400円で食べられるなんて。
「いいもん、パフェくらい自分で作れるし…」
「かおるー、何見てるの?」
後ろからぴょこんと現れたエンヴィーが私の持っているチラシを取り上げた。
「うわぁ!かわいい!おいしそう!」
でかでかとプリントされたアイスとホイップクリームとチョコケーキの乗ったパフェに目を輝かせている。おまけに耳もピンピンしている。
そういえば、エンヴィーにはこんな贅沢なおやつを食べさせたことなかったかも。だいたい安売りのポテチやチョコレートクッキー系のお菓子とか、煎餅とかしか置いてないしね、うち。
「…エンヴィー、これ、食べたい?」
「食べたい!」

「じゃ、明日一日恋人になろう」
……………

髪を纏めて帽子を被ると、男性に見えなくもない…か?家で掛けているメガネと、少し厚底のブーツを履いて、カーキ色のジャケットを羽織ると、…ぱっと見、男に、なるよね?
「かおるー…これで、いいの…?」
エンヴィーが洗面所からおずおずと出てきた。冬用のおとなしめのロングワンピースと、クリーム色のコートのセットは、私の冬の勝負服。正直、エンヴィーの方が似合ってるけど。コートと同じ色のベレー帽を被せると、耳は全く見えない。化粧をしていなくても整った顔に、薄くチークを乗せると、破壊的に可愛い。私の100倍は可愛い。
「これで私たち、恋人っぽく見えるかな」
「かおる、逆でしょ、普通」
「え、だってエンヴィー、変装しなきゃいけないでしょ?」
「耳と尻尾隠すだけでよくない?」
「さ、行こうか!」
「シカト!?」

男装だと思わなければ、意外と快適なスタイルだ。肌の露出がほとんど無い状態だから、そんなに寒くない。隣を歩くエンヴィーは、家を出てすぐにコートを脱いだけど。
お洒落な喫茶店は、二駅程先の商店街の中にあった。木曜日の午後、人は少ない。目当ての喫茶店は古臭い店が並ぶ中、お洒落なガラス張りが異様に目立っていてすぐに解った。
店に入ると、私たちの他にカップルらしき人等が既に何組か入っていた。
一番端のテーブル席に座ると、エンヴィーは不安そうに私を見た。
「…ほんとに、この服変じゃない?」
「変じゃないって。可愛いよ」
呼び出しのベルを鳴らして暫くすると、いらっしゃいませぇ、と、甲高い鼻にかかった声をだすウエイトレスがオーダーを取りにきた。
「えーと、この…チョコレートパフェを一つと、ホットコーヒーを一つとホットミルクを一つ……」
「………かおる?」
「えっ……あ!!!」
ウエイトレスに名前を呼ばれ、ばっと顔をあげる。ウエイトレスは、この店のチラシをくれた友人だった。
「いつもと違う格好で気付かなかったわー!来てくれたんだぁ、ありがとねー!あ、えみちゃん、相変わらずかーわーいーいー」
そっか。以前家に来たときエンヴィーと会ってたんだっけ。「えみ」ちゃんって紹介しちゃったもんね。
「なんだ、バレバレじゃん。せっかくカップルのフリしてパフェ割引してもらおうと思ったのに」
友人はいやらしい笑みを浮かべながらウインクした。
「まかせて。カップル割引しとくから。ついでにドリンクもサービスしちゃう」
「ありがとう、心の友よ」
「何その棒読み」
……………

お待たせしましたぁ、と運ばれて来たのは、予想より多めのチョコレートパフェ。チラシには無かった、チョコクッキーがトッピングされている。長いマドラーのようなスプーンが二つ付いていた。
エンヴィーは目をキラキラさせて、暫くパフェを眺めていたが、私が「全部食べて良いよ」って言うと、すかさずホイップクリームにスプーンを突っ込んだ。
「…おいしい?」
こくこくと頷きながら口いっぱいにパフェを頬張っている。こうして見ると本当に女の子みたいだ。
実を言うと甘いものはそんなに得意ではない。嫌いって訳じゃないけど。写真で見るくらいだとおいしそうに見えるのだが、実際目の前に持って来られるとそのボリュームと匂いでお腹いっぱいになってしまう。特に生クリームがきつい。
コーヒーをちびちび飲んでいる私を見兼ねてか、エンヴィーが少し申し訳なさそうな顔をした。
「…ほんとにいらないの?」
「ん、いーよ、食べなよ」
するとエンヴィーはチョコレートのアイスクリームとホイップの乗ったスプーンの先を私に向けた。

「一口あげるね」




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