黒猫 | ナノ


▼ 疑問

黒くて長い髪を乾かしてあげる。風呂上がりのエンヴィーからはシャンプーと、すこし石鹸の香りがする。綺麗で長い髪の間に見える黒い獣の様な耳は水に濡れて、光沢を放っていた。
「今日は楽しかったね」
「うん、パフェおいしかった」
「また行こうね」
「…あの格好じゃなかったら、行きたいな」
「えー、似合ってたじゃん」
「そういう問題じゃないよ」

寄りかかる彼の体温が心地よい。なんとなく、エンヴィーを後ろから抱き締めた。
「かおる?」
「んー?」
「どうしたの」
「なんとなく」
エンヴィーは身じろぎも振り払うこともせず、じっとしていた。

「かおるは、怖くないの?」
「何が?」
「エンヴィー、が」
それは喉の奥から絞り出したような、小さな声だった。いつになく真剣な雰囲気を感じる。
「…怖くないよ」
「エンヴィーは…かおると違うんだよ。獣でもないし人間でもない。尻尾だってついてる。人間とは違うところなんて数え切れないくらい…。それでも、」
「怖くない」
彼を後ろから抱き締めたまま、呟く。密着した身体から、エンヴィーの体温が伝わってくる。
「なんで…」
声が震えている。
どうしてそんなことを聞くのか、なんて質問はしない。彼の人間に対する劣等感にも似た感情は、薄々感じていた。私と出会うまでの生活や人間からの仕打ちは、その時の姿だけで一目瞭然だと云うのに。
「だから、心配しなくて、いいよ」
抱き締めたまま頭を撫でてあげる。今の彼に必要な言葉を、わかっている気でいた。

瞬間、エンヴィーが私の手を掴み、床に押し倒した。頭に衝撃が奔る。床に打ち付けたらしい。
目の前には無表情の、エンヴィー。
「……エン、ヴィー?」
手を強く抑え付けられて、痛みに顔を歪めてしまう。抜けようとしても、エンヴィーの力が強くて、ピクリとも動かない。
「どうしたの…?」
突然口を塞がれた。彼の口で。訳がわからないまま、彼の舌を受け入れる。突然の口付けに息が詰まる。チュクチュクと鳴る口内の水音が頭の中に響く。受け入れることができなかった唾液が口端からぽとぽとと零れていった。
口を離そうにも、床に抑え込まれた頭は動かない。
「…んっく…っはぁ、エン…や、めっ…」
エンヴィーは口を離さない。熱い舌が私の舌に絡まって、意図せず身体が火照ってくる。やめて。いやだ。今はそんなこと、したくない。
「…………っ!!…」
血の味がした。と、同時にエンヴィーの口が離れた。はぁはぁと息があがる。息継ぎもろくにできなかったキスで酸欠状態だ。
エンヴィーの唇に血が伝っている。どうやら噛んでしまったらしい。
息があがったままフリーズしていると、エンヴィーの表情がみるみるうちに歪んで、私を押さえていた手を勢いよく離した。
「あ……かおる…かおる……、ごめん……っ」
彼は泣き出したかと思うと、開いていた窓から一目散に飛び出していった。
カーテンが夜の風を招いて、ひらひらと揺れていた。
私が全ての出来事を理解した頃には、既にエンヴィーの姿はなく、私の服に、少しだけシャンプーと、獣の匂いを感じた。
押さえつけられていた両手の跡が、やけに生々しく残っていた。

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