黒猫 | ナノ


▼ 病言

体温計が「40.2」を表示している。ただの熱にしては高すぎる。それに死ぬ程頭が痛い。
これはもしや、インフルエンザ…?
心配そうな猫を余所に、出掛ける支度をする。
「何処か行くの?」
「ん、病院行ってくる…」
「一人で大丈夫?」
「大丈夫だよ」
多分。頭痛も目眩も治まりそうにないし、視界がぼうっとする。取り敢えず、申し訳程度の薄い紙マスクを装着した。
……………

「…で、大丈夫だったの?」
「びっくりだよもう…人生で初めてインフルエンザにかかった…」
結果はインフルエンザ。しかも新型。どうりで頭が痛いと思った。この前テレビで言ってたからね。新型の特徴は激しい頭痛って。
「しばらく、近寄らない方がいいよ」
「どうして?」
「病気が移るから…」
こんな狭い家の中で移らないはずは無いのだけど。
「猫は移らないから大丈夫だよ」
うーん、座ってるのもしんどい。薬飲んで寝よう…
水とコップを取りに立とうとして、目眩。机に手をついて静止している私を見かねてか、エンヴィーが背中をさすってくれた。
「エンヴィー、悪いけど、水持って来てくれない?」
「わかった」

錠剤を一気に飲み込むと、胃がムカムカとして吐き気がした。朝から何も食べていないのに、お腹も空いていない。
「かおる、寝る?」
「そうだね…寝よう」
立ち上がろうとして、ふっと身体が浮く。エンヴィーが軽々と私を持ち上げている。
「ちょっ…エンヴィー、何して…!」
「立ったら目眩がするでしょ?布団まで運ぶから」
その細い腕のどこにそんな力があるのか。頭痛と高熱で朦朧とする頭で、そんなことを考えていた。
布団に横になると、いくらか苦しさが和らぐような気がする。目を瞑ると、エンヴィーの気配を間近に感じた。


「…かおる、エンヴィーはかおるのお陰で、初めて『人間』を好きになれたんだ。かおるは、人間でも猫でもないエンヴィーを、恐れたり、軽蔑したり、見下したりすることもなく、まるで家族のように優しくしてくれた。得体の知れない化物と一緒に会話してくれた。それは今までの人間からの仕打ち、心の中にあった人間達への憎しみを溶かしてしまうには十分だった。なのにエンヴィーは、かおるのために何もしてやれない。何も出来ない。かおるが傷だらけで泣いていた時だって、今だって、ただかおるの側で為す術もなく立っていることしかできない。…皮肉なものだね。あんなに忌み嫌っていた人間に助けられて、世話をされて、その人間が苦しんでいる時には何も出来ないなんて。…ねぇ、かおる。かおるはどうしてエンヴィーを助けたの…」



額にひんやりとした感触。うっすらと目を開けると、エンヴィーの顔が真っ先に映った。
「…エンヴィー?」
「冷やしてるから……もう少し寝てなよ」
薬のせいか、睡眠のせいなのかはわからないが、頭痛がかなり和らいだような気がする。ぐっと身体の向きを変えると、壁の時計が目に入った。時刻は午後6時55分。
「ご飯…食べた?」
「お腹空いたの?」
「ううん、エンヴィーは、食べた?」
「まだだよ…あっ、起きちゃダメだってば」
起き上がろうとして、制止される。
「ご飯つくらなきゃ」
「エンヴィーが作るから大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないでしょ…」
以前作った炭と化した料理を思い出す。
「いいからかおるは寝てて!カップラーメンくらいなら、一人で作れるよ」
「そっか…そうね。ごめん」
「なんで謝るの」
耳を垂らして悲しそうな顔をしている。私のことを心配してくれているのか?
「…病気治ったら、どこか美味しいもの食べに行こうね」
台所に走って行ったエンヴィーに聞こえたのかどうかはわからないけど。
取り敢えず今は、寝よう。

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