黒猫 | ナノ


▼ 逆転

気が付くとソファーに寝ていた。私は寝間着用のパーカーとズボンを履いていて、壁の時計は昼の2時を指していた。
「エンヴィー…?」
彼の姿が見えない。起き上がると、ふくらはぎが痛み、そのままソファーから派手に転がり落ちた。筋肉痛か?
「かおる!大丈夫?」
音を聞きつけたのか、エンヴィーがキッチンの方から出てきた。私を軽々と助け起こすと、そのままソファーに座らせた。
「かおるっ…」
「…ごめん、心配かけたね」

あの後のことはあまり覚えていない。着替えたのは無意識だったのだろう。
廊下に脱ぎ散らかしたコートとマフラーは、窓際のハンガーにかかっている。エンヴィーがやってくれたのだろう。
泣いた次の日は頭が痛い。それに、喉も痛い。身体中のあちこちが痛い。

「何か、あったの…」
エンヴィーは、心配そうな顔で私を見つめている。寝ていないのか、目の下に少し隈ができていた。私が寝ている間も、世話をしてくれていたのかもしれない。これでは、どちらが拾われてきたのかわからないな。
「ん…大丈夫だから…」
視界が暗くなり、暖かいものに包まれた。シャンプーと、少し獣の匂い。
「大丈夫じゃ、ないよ」
優しい圧力を感じた。抱き締めてくれる腕の強さに何故か安心した。
「ずっと泣いてたよ…かおるは、大丈夫じゃない…」
耳元で聞こえる声は優しい。エンヴィーの背にゆっくりしがみつくと、彼の腕の力がすこし強くなった。
「……怖かった…」
一言、声を発すると、そこからするすると思いが口に出る。
「……、無理矢理、…キス、された……」
エンヴィーは黙って、私の言葉を聞いてくれている。
「舌、入れられ、て……胸、さわられて、…それで……怖くて…」
いつの間にか涙を流していた。声が涙でくぐもって、うまく喋れない。
「逃げた、けど……震え、止まんなくて……」
口に出す度、その時の恐怖が鮮明に蘇る。
「気持ち悪くて、……ずっと、泣いて……」
エンヴィーは抱きしめた腕を緩めると、髪を掬うように優しく、私の頭を撫でた。
「……つらかったね」
ボロボロと涙を溢しながら、私はこれ程エンヴィーに心を許していたのかと、今更、気付く。ゆっくりと深呼吸して呼吸を落ち着かせながら、エンヴィーの胸にもたれ掛かる。
「ーーなんかさ、初めて会った時と、逆だよね、立場」
「…ふふ、そうだね」
傷だらけの体で泣いている彼をこうして抱きしめたっけ。彼の華奢な腕も、私を慰めるには十分な力を持っていた。素直な笑顔はまるで子供のように可愛らしいのに、今私を見つめる表情は、優しくて、愛しい。
沈黙は二人の距離を離さなかった。見つめる視線は自然と下に落ちていき、お互いの顔が近付く。近くで見た彼の睫毛は思いのほか長く、薄い唇がやけに魅力的だった。

ゆっくりと、唇が合わさった。柔らかくて、暖かい。暫く互いの唇を啄むように合わせていた。エンヴィーの舌が私の唇を舐めた。私は少し唇をあけ、舌を絡めた。彼の吐息と水音が頭の中に響く。エンヴィーの上顎をゆっくり舐めると、彼はビクッとして小さく声を漏らした。それがたまらなく愛おしくて、私は息継ぎの度に熱に浮かされていく脳内の快楽を感じ始めていた。
どのくらい時間が経ったのだろう。唇を離すと、お互いの口を透明な糸が結んだ。瞳は潤み、口端に溢れた唾液が垂れていて、その中性的な顔に色香を匂わせていた。
いつの間にかエンヴィーの黒い尻尾が私の腰に巻きついて、それに気付いた瞬間、私は彼に押し倒されていた。ソファーのスプリングがギシギシと音を立てる。長い黒髪が私の首筋に落ちる。
「かおる…」
私を呼ぶ彼の声は、今までで一番優しい音色をしていた。



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