黒猫 | ナノ


▼ 不意打ち


「じゃ、かおるハンバーグこねといてー!」
「はあぁ!?」
「私こねるの嫌なのよね、手がネチョネチョするから」
「作ってくれるんじゃないの?」
「いやー、昨日ネイル変えたばっかりだし!焼くときまた手伝うからぁ」
悪気なく笑う友人の言葉に乗せられ、仕方なく手伝う。彼女はぱっと見賑やかなギャルだけど、…中身も賑やかなギャルだ。いや、確かにうるさいしマイペースで関わるのが面倒臭い時だってあるけど、ポジティブで明るくて、裏表がない良い人だ。あ、嘘。男の前だとすごくぶりっ子になる。
「トイレ借りるわ」
「んー」
ハンバーグの元になる物体を右手でこねる。実は、わりとこういう作業は好きだったりする。基本的に料理は好きだし。面倒なだけで。
ガチャン!と大きな音がして、音がした方を振り向くと、硬直した友人がいた。
「かおる、これ…」
視線の先は、バスルーム。何故ここを開けてしまったのか。何故エンヴィーが転がっているのか。いろいろな疑問があるけど、この際置いておいて。
「…………」
「…………」
「…………」
逃避願望と、なるようになれという諦めが混ざって、目眩がした。
………

「……で、この子、誰?」
「………」
「…え、えっとね、私のいとこの……え、えみちゃん…っていうんだー!!」
トイレのドアと間違ってお風呂場のドアを開けてしまったらしい。勘が良いんだか悪いんだかわからない。
目の前にはできたてのハンバーグ。エンヴィーはフードを被っていて、初めて会った時のように全く喋らずにうつむいていた。
「な、何でお風呂場にいたの?」
「あっ、あの、この子すっっっごく人見知りでさぁ、友達来るっていったとたん隠れたりなんかしちゃったりして…」
ああもぅ、自分でも何言ってるかわかんない。せっかくのハンバーグも味がしない。冬というのに暑くて仕方ない!
「そうなんだー!知らずにお邪魔しちゃってごめんなさいね、よろしくね、えみちゃん」
友人はエンヴィーに向かってにっこりと微笑むが、エンヴィーはじっと黙って俯いている。
「へぇ、いとこってゆーけど、かおるとあんま似てないんだねー。すっごい美人」
「あ、だ、だよねー!……いやちょっと待ってそれどういう意味」
「あはは、かおるも美人美人ー!あははは、あ、えみちゃんもハンバーグ食べなよっ!」
友人がエンヴィーの皿にハンバーグを置いた。私が小さな声で、「エンヴィー、食べてみて」と言うと、ゆっくりと口にはこんだ。
「えみちゃん、どぉ?」
「……、おいしい、」
「よかったぁ!いっぱい食べてねー!」
フードを被っていて目には見えないが、いつものエンヴィーなら耳を立てて尻尾を振っているのだろうな、とわかるような雰囲気が伝わってきた。俯いているが、嬉しそうにハンバーグを頬張る姿が目に浮かんだ。
思えば、エンヴィーに美味しいもの作ったことって、なかったなぁ。あるもので適当に作ったパスタや、カップラーメン。簡単にできる目玉焼きやスクランブルエッグ。野菜の切れ端で作った簡易的なスープ。そんなものに比べたら、友人が来て作ってくれたハンバーグの方が何倍も美味しいに決まっている。
胸の奥が、チクリと痛んだ。
…………

あの後すぐに友人は、彼氏から連絡が来たとかなんとかで慌ただしく帰って行った。大量にあったハンバーグは結局三人で残らず食べてしまっていた。
「エンヴィー、ごめんね、無理させちゃって」
「んーん、かおるこそ、ありがとう」
エンヴィーの正体はばれなかったし、ハンバーグも食べさせてあげられたし、結果オーライなのでは、と息をつく。
「ハンバーグ、美味しかったね」
「うん!」
嬉しそうに尻尾を振っている姿を見て、少し遣る瀬無い気持ちになった。

「だけどさ、」
「かおるが作った料理の方が、美味しいよ」

エンヴィーは屈託の無い笑顔を浮かべていた。
私はなるべく彼の方に顔を向けないようにしながら、洗面所へ向かった。
鏡に映った私の顔は、ひどく赤面していた。

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