首筋:執着:ミステルとミノリ


 恋人になって間もない頃から、ごく自然に首元へ触れてくる人だった。最初は少し驚いたけれど、慣れてしまえばそれもそれ。手を繋ぐ癖や額にキスをする癖のようなもので、ふとしたときに首筋へするキスも、多種多様な恋人同士の癖の一つなのだろう。
 ずっと、何の疑いもなしにそう思っていたのだけれど。
「独占欲が強いでしょう、あの子。苦労してない?」
 くすくす、笑い混じりに訊ねてきたイリスさんの言葉に、私は飲んでいた紅茶のカップを持ったまま首を傾げた。彼女が「あの子」というのは大方ミステルくんのことだ。つくづく、よく似た姉弟だと思う。ミステルくんはお姉さんを「あの人」というから。
 独占欲。確かに、薄いですよとは言えないだろう。決して野放しにされているとは思わない。どちらかというと繋がれているんじゃないかと感じるときさえ、わりとある。
 けれど私がそれをあまり問題に感じていないのは、ミステルくんが、表向きにはそういう面を隠しているからだ。彼は人付き合いにドライだった。私という恋人ができても、基本的には変わらない。傍目にはむしろ、私はほったらかしにされて見えるのではなかろうか。
「別に、困ったりはしてないです。それもミステルくんの、特別な人にならなきゃ見えなかった部分なのかなって思っているし」
「あらまあ、ふふ」
「で、でも。イリスさん、どうして分かったんですか? 家族だと、なんとなく分かるものですか」
 だからこそ、私は驚いていた。まさかこんなにすっぱりと、彼を独占欲が強い、と言い切る人がいるとは思っていなかったから。年上の家族ともなると、素顔はそんなに深くまで見えてしまうものなのだろうか。
 戸惑う私に、イリスさんは朗らかに笑った。
「だってあの子、別れ際に貴女の首筋にキスするじゃない?」
「え? ……はい、それがどうか……?」
「昔から、よく言うのよね。首にするキスは、執着の表れ、って」
 思わず、ぱちぱちと瞬きをしてしまった。
 イリスさんはそんな私を見て、ますますおかしそうに口元を押さえている。
「あの子、ごく当たり前のことだと思っているみたいだけど、普通はお別れのキスっていったら、熱烈な恋人だって唇でおしまいだわ。挨拶みたいにしているし、見ていても気にならないから黙っていたのだけど、……ふふ、手のかかる弟でしょうけど、どうかよろしくね」
 それじゃ、とカップを下げて、イリスさんは立ち上がった。執筆に戻るわ、と言って、軽やかに階段を上っていく。あの子ならもうすぐ帰ってくるから、という置き土産の一言も、忘れずに残して。
 あとに残った私は一人、骨董品とレコードの音に囲まれた部屋で、紅茶を手に固まっている。
 もうすぐ、時計の針が約束の時間を指してしまう。今度から一体どんな顔をして、またねと言えば。



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