喉:欲求:ウォンとヒカリ


「無防備だ、ってよく言われませんか」
「何がです?」
「貴女ですよ」
 時折、この少女は少女のなりをしているだけで、どこか遠い星か海の彼方から飛ばされてきた生命体ではないのか。そんなふうに感じる、瞬間がある。
 刹那的なもので、馬鹿馬鹿しい話だと分かってはいるのだが。その感覚は時と場所を選ばずやってくる。そう、例えば今のように。
「動物だってもう少しお腹を隠して寝るものでしょう。そもそも、天気がいいからと言って他人といるときに寝転ぶのはやめなさい」
「すみません、だらしなかったですね」
「ああ……、まあ、そういう話じゃないんだがね」
 有り体に言えば、ずれている。そう、彼女は多分私の知る中でも、自由な人間と言えるだろう。礼儀正しく気立てがいい、だからこそ一部分のずれがひどく突拍子もなく見える。
 別にそれを矯正して、枠に収める気持ちなどないのだが。ただ、今ここで起こっていることに関しては彼女の未来のため、少しばかり忠告を残しておきたい。
「だらしがないのと無防備なのは違います」
「はい」
「だらしがないのは勝手ですよ。無防備は、だめでしょう。たちが悪い」
「えっと……?」
「ただの休憩とはいえ、自分から外に誘った男の前で、そうそう隙を見せるものじゃないよ。勘違いをしてくれと言っているようなものです」
 あえてあまり言葉を選ばず、さも適当に。
 その勘違いを堪えている男がここにもいることを悟られないように、どこかの誰かの話のように、気のないふりで言った。
 赤い瞳が初めて見るものと出会ったように瞬きを繰り返す。そんな目をしたいのは私だと、言いたい気持ちを飲み込んでいるのに。
「それは、先生以外の前だったら少し躊躇いますけれど」
「は……?」
「でも、先生は何度も病院で、私が寝ているところなんて見ているじゃありませんか。珍しいものでも、ないでしょう?」
 ああ、本当に。頭の中をすべて開いたら、構造が違っているんじゃないかと思うときが度々ある。
 大仰なため息をついた私を見て、彼女は裏返ったまま首を傾げた。ああそうだね、珍しくはないよ。肯定すると、当たり前のことを聞いたように微笑む。けれど。
「……っ!?」
 にこり、合わせた視線を笑ませて隣へ屈み、日に晒された喉元に噛みつく。さすがに、息を呑んだのが伝わってきた。
「確かに、こうして話したことくらいいくらでもありますよ。だが」
「え、あの、先生?」
「今の君は、患者ではない。ゆえに私も医者ではないんだ。分かったね」
 忠告はどうやら、正しく伝わったらしい。
 呆気に取られて笑うことも忘れている顔を見て、ああなんだ人間だったんだな、とこちらもまた馬鹿げた認識を取り直した。
 そろそろ戻りますよ、と声をかけると、ひどくぎこちない動きでついてくる。
 勘違いを、本当にしてしまいそうで参る。絶対に逃げると思っていたのに。



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