八重に偏に


 大人になる、ということは花びらを増やしていくことと減らしていくことの、どちらなのだろう。勉強をすること、できることが増えること。たくさんのことを考えられるようになること。前者のほうに当てはまるものがあまりに多くて、ずっと僕は、大人になるとは多くのものを自分に取りつけていくことだと信じて疑わなかった。それが、間違っているとは思わないのだけれど。
「……マオ」
 春、桜の蕾の綻ぶ頃。長く続いた冬の終わりに体調を崩したと言って、しばらく顔を見なかった少女が橋の上に立っていた。ぽつりと、確かめるように呟いた声が聞こえたのだろうか。振り向いた彼女の顔が、僕を認識した後、みるみる笑顔になっていく。
「リュイ……! 久しぶり、だね」
 祖母以外と口を利くのが、一季節ぶりくらいになるのだろうか。まるで自分の発声を確かめるようなぎこちなさで僕を呼んだ彼女は、手にしていたぬいぐるみをぎゅっと抱き締めて、嬉しそうに笑った。眩しい緋色の橋の上に揺れる、少し淡すぎて弱々しい桃色の影。
 ああ、本物だ。本当に、どれくらい久しぶりだと思っているのだと、僕の気も知らず何をそんなに笑っているのだと。実感と同時に会えなかった間の不安が反動となって湧き上がり、怒涛のように押し寄せる。
「何してたんだよ……」
「え?」
「何週間も、ちっとも部屋から出てこないで。僕が、どれだけ」
「――リュイ」
 心配、してくれたの。吐き出しかけた言葉の先を接げなくなって、途切れ途切れになった僕の声の合間に。いつの間に傍へ来たのか、見上げて聞いた彼女の眸は墨の花のようだった。病み上がりなのに走るなよ、とか、走っても遅いんだから僕が行くのを待っていろよ、とか。季節の変わる前は同じ高さにあった気がする彼女の目を見て、言いたいことはいくつも浮かび、泡のように弾けるけれど。それでもすべての根底に、横たわる気持ちはただ一つ。
「当たり前、だろ」
 八重に偏に、いくつの強がりを重ねても。僕は、彼女に会いたくて、寂しかった。
 緩んだ三つ編みの先に手を伸ばして、初めて明かした気のする本当の言葉に。彼女がどんな顔をしていたかは、目を背けていたから分からない。けれど確かに僕の中で、花弁が一枚、砕けて散った。
 離れた目線の高さの分だけ開く距離を埋めるように、僕が大人になる。誰がお前を心配なんか、とは、きっともう言うように戻らないのだろう。


(リュイとマオ)



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