どちらかと言えば、雨は好きだ。お気に入りの傘は先月雑貨屋で購入したもの。パステルカラーは雨の憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれる。傘や地面に打ち付ける雨音さえ、楽しいBGMに聞こえてくる。

しかし、今日はそんな事は望んでいない。松田さんとの電話から二週間。待ちに待ったトロピカルランドに遊びに行く日。時刻は九時十分。入り口前。昨夜までは満月も見えていたのに、朝起きたらこのザマだ。この大雨は一体何なんだ。

こんな天気だから開園前の入場入り口には、僅かの人しか並んでいない。そりゃそうだ。誰が好んでこんな雨の日に遊びに来るんだ。でも、約束は約束。あれから松田さんとは連絡を取ってはいないけれど、破るような人では無い。と、私は思っている。

一つの傘に二人で入り、体を寄せ合いイチャつくカップルを見ながら松田さんを待つ。約束の時間まではもう少しある。その間にも雨足は強くなり、せっかくセットした髪の毛は水分を吸って重くなる。心無しか、気持ちまで沈んで行く。私の視線は、自分の足元に動いていた。


「待ったか?」


低い声が聞こえ、目の前に影ができる。視線を上げると、そこにはサングラスを掛けた背の高い男性。えっと、誰だっけ。じぃ、と見ているとそのサングラスが外される。あ、松田さんだ。そこでやっと気付くと「何で分かんねぇんだよ」と言われてしまった。


「男の人って眼鏡とかサングラス掛けると、雰囲気変わりますよね」
「女の化粧も同じだろ」


そう言われると、確かに、と納得する。松田さんはバッグからチケットを取り出すと「行くか?」と聞く。けれど、今日はこんな雨。絶叫系の乗り物は止まっているはずだ。


「せっかくですけど、晴れた日にまた来たいです」
「遠回しにデートの誘い?」
「ちっ、違います!」
「分かってる。此処に行かないなら、俺に着いて来い」


すると松田さんは私に背を向ける歩き出す。決して私は背が低い方ではないけれど、松田さんとは足の長さが違い過ぎる。足並みを揃えようとすると必然的に早足になり、雨が跳ね靴を濡らす。

そんな私に気付いた松田さんは何も言わなかったけれど、歩く速度がさっきと比べてゆっくりになった。これでやっと隣を歩ける。傘に隠れるようにして松田さんを見上げると、その瞳と交わり慌てて視線を反らす。


「惚れた?」
「違います!」
「そ、残念」


…残念って何なんだ。その言葉を口から出す勇気はなく、私は離れないように黙々と足を動かす。一体どこに行くのだろう。質問しても答えてくれないような気がした。





松田さんに着いて来てたどり着いたのは、駅近くのボーリング場だった。トロピカルランドとは違い、活気で溢れている。靴を受け取り指定されたレーンへ向かう。松田さんの背中は何だか楽しそうに見えた。

私が最後にボーリングをしたのは小学生の時。上手くできるかと聞かれれば、自信がない。そして運動神経にも自信がない。

好みのボーリングの球を選び、最初は松田さんの投球だ。投げられた球は真っ直ぐレーンを転がって行き、見事に全てのピンを倒した。感動して拍手をしていると「次、お前」と言われ、慌てて席を立ちボールを持つ。

私が投げた球は、数秒後にはガーターを転がって行った。気を取り直して、もう一球。けれど、それもまたガーターの道を真っ直ぐに転がっていく。


「真面目にしろ」
「…これでも真面目にしてます」


私の言葉に呆れたような溜息が返ってきた。松田さんはコーラを飲んだあと、また球を投げる。さっき同様、真っ直ぐに進み見事なストライク。彼はプロボーラーか何かだろうか。


「次は一ピンでも倒します!」
「無理だろうから教えてやるよ」


私が球を持ち気合を入れていると、私の後ろに松田さんがやって来た。大きな体が私を後ろから包み込む。ふわり、と香水の香りがした。「感覚を掴めば簡単だ」松田さんはそう言い、ボールを持つ私の手に自分の手を重ねた。


「いいか、手首は真っ直ぐだ」
「は、はいっ、」


私の背丈と合わせるようにしているせいか、松田さんの吐息が耳に当たる。低い声が耳のすぐ隣で聞こえる。松田さんがアドバイスしてくれているけれど、今の私の耳には何一つ入って来なかった。


「聞いてるか?」
「っ、もちろんです!」
「じゃあ、やってみろ」


気付けばさっきまで持っていた球は、ピンを数本倒していた。いつの間に…。そう思いながら戻ってきた球を持つ。必死に松田さんのアドバイスを思い出す。簡単に言えば力任せではなく、要は体のバランスだ。力を抜き、肩を支点として腕を動かす。

ふぅ、と息を吐き身体の力を抜き、球を投げる。それは少し歪んだものの、残りのピンを全て倒した。天井からぶら下げられたモニターには、スペアの文字。


「ほら、出来た」


松田さんはニヤリと笑った。どうしよう、すごく嬉しい。高まる気持ちを必死に抑えつつ、松田さんの差し出された手とハイタッチをした。





あれから三ゲームほどボーリングを楽しみ、その後は今話題のアクション映画を見に行った。一緒に服も選んだ。ランチはおしゃれなカフェだった。これでは本当にデートみたいではないか。

外はどっぷりと暗くなっていた。此処からアパートまでは電車を乗り継ぎ一時間ほどだ。松田さんと別れ、駅に向かおうとすると、なぜか彼が私の後を着いてくる。


「家まで送る」
「大丈夫ですよ。遠いですし」
「車出すから、此処で待っとけ」


そう言うと私の意見を聞かず、松田さんは近くの有料パーキングに向かった。ていうか、車持ってるんだ。凄い。

数分後、車のライトを光らせながら真っ黒な車が私の前で止まった。松田さんは運転席から下りると、私の手を引き助手席のドアを開けた。軽く背中を押され、私はなすがまま車に入る。車の中は片付いていて、無駄な装飾品は全く無かった。


「家どこ」
「米花町の、」


簡単に説明すると松田さんは「了解」と言い、車を動かした。私の地元みたいに地方なら学生が車を持っているのは普通だけれど、こんな都会で車を持ってる人もいるんだ、と思わず感心してしまう。

車の中は街並みから入る光だけで照らされている。それに照らされた松田さんの横顔は驚くほど格好良くて、文字通り、見惚れてしまった。どくん、どくんと高鳴る鼓動は何を意味するのだろう。

車内に流れるのは流行りのラブソング。こんなのも聞くんだ、と段々と私の中の松田さんが出来上がっていく。出会って二回目。今日一日一緒にいて、随分とたくさんの事を知れた。

会話がないのに、心地良い空間。何故だろう。不思議な感覚だ。普通ならば出会って数回の相手だとしたら、緊張したっておかしくはないのに。

車を走らせ約一時間。何事も無く私の住むアパートの前まで辿り着いた。するとそれまで口を閉じていた松田さんが「なぁ」と私に声をかける。


「去年、俺と会ったの覚えてない?」
「え?会ったことあるんですか?」


松田さんの言葉に瞬きを繰り返す。一体どこで出会ったのだろう。うーん、と頭を必死に捻るけれど全く思い出せない。「…すみません」私がそう言うと、松田さんは「想像通りだから気にしてない」と言った。


「松田さん、今日は一日ありがとうございました。私がお礼しないといけない立場なのに、こんなに楽しませていただいて」
「俺が行きたかっただけだから」


閑静な住宅街では、車のエンジン音が響いてしまう。一言お礼をして、私はドアを開ける。こんなに良くしてもらって逆に申し訳ない気分だ。


「じゃあ、また。名前ちゃん」
「はい。ありがとうございました!」


そう言うと松田さんは手を振り、颯爽と去って行った。小さくなる車のライトを見送ったあと、アパートの階段を上がっていく。鍵を取り出し、玄関を開ける。遊び過ぎて足がパンパンだ。


「あれ?そう言えば私、名前教えたっけ?」


そんな疑問を感じたのは一瞬で、あっという間に頭の中から消えていった。とりあえずまたお礼を言っておこう。忘れないうちに、と思い私は携帯から松田さんのメールアドレスを開いた。


2018/05/23

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