「…進まない、進まないぜ。」

筆を持ち始めて早数刻。
恋文を書けと自身の恋人である立花仙蔵から数枚の紙と筆を渡されたのは今朝のこと。
何故い組の仙蔵がこんな朝早く、寧ろ深夜に属するであろう時間帯には組の長屋に居るのか。同室者は何故気にしないのか。つい口にしたくなったが伊達に六年間仙蔵と付き合っていた訳ではなく、六年間で培ったスルースキルを存分に発揮した。
本日の授業は午前で終了し、実習も入っていないなまえは食事を終わらせると仙蔵から受け取った紙を埋めるべく自室へと腰を落ち着かせた。
筆に墨を付け紙の上に持ち上げるが、流石アホのは組。
恋文なんて洒落たものを書ける訳もなく、只々筆を右往左往させるだけだった。
和歌を借りようものならば仙蔵から罵詈雑言を浴びせられ、頼みの綱である中在家の言葉を借りようものならば文の一行目を読んだ瞬間に真っ二つ、若しくは焼かれてしまうであろう。
なまえはもとより国語が得意では無い。加えて恋文なんて生まれてこの方書いた試しのないなまえに恋文を書くだなんてこと、不可能に近かった。

「無理じゃね?恋文とか無理じゃね?」

ぐちゃぐちゃと意味の解らぬ落書きをしているなまえは、気力体力共に底を尽いていた。
なまえは座学より実技はであるし、読書なんて柄ではないし苦手である。あんなつらつらと無限にも続くようなもの読める訳ない。なまえが読むのなんて春本か仙蔵から渡されたものだけだ。なまえは図書委員や読書好き、予習マニアの敵である。

「…歩くは牡丹餅だっけ。」

適当に教科書に載っていた言葉を二枚目の紙に書くが明らかに間違っている。

「なまえ、恋文は出来たか。」
「あ、仙蔵。」

呼び声も無しに、自室の障子を開けるようになまえの部屋の障子を開けた仙蔵は自慢の髪を靡かせながらすたすたとなまえの隣に腰を下ろした。

「…歩くは牡丹餅?なんだこれは。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花の間違いであろう。」
「あー、うん、そんな感じ。」

呆れたような仙蔵の言葉になまえはこくこくと頷く。やる気は見られない。

「全く出来ておらんではないか。」
「だってよぉ。」
「だってもなにもない。」

ぴしゃりと言い放つ仙蔵になまえは溜め息を吐いた。
なまえは仙蔵の柔らかく手触りの良い、サラサラとした髪を触り、口を尖らせながらぶつぶつと呟く。

「恋文なんかより、愛してるっつった方がはえーじゃん。」
「…貴様と謂う奴は…。」

白い手で顔を覆う仙蔵の白い頬は、さっと見ても判る程赤く染まっていた。




途切れた言葉の先
君だけに告ぐ


 


- ナノ -