カタリと筆を置き息を吐けば、部屋には墨の香りが充満していた。
机の上にはつらつらと黒い染みで文字を踊らせている一枚の文。
どくどくと心臓が脈を打つ。暖かい気持ちとは裏腹に不安や怖さも有り、更に心臓が脈を打つ。

「なまえー!何を書いているんだ?」
「っ、小平太。」

スパン、と音を起てて開いた障子に肩を震わせれば、真ん丸い瞳に意思の強そうな眉をした彼がバレーボールを小脇に抱えながら私に向かってきらきらと瞳を輝かせ此方を見ていた。

「なぁなぁ、何を書いているんだ?」
「…あ、えっと、」

急いで文を背中に回すと小平太は更に興味が湧いたようで私の文を見ようとずかずかと部屋に入って来る。
困るのだ。この文を見られたら非常に困るのだ。何故なら、何故ならこの文は小平太に向けた恋文なのだ。

「こ、小平太!止めておくれよ。」

きゅっと眉を下げ小平太に声をかければ、小平太は真ん丸い瞳を更に丸くさせ首を傾げた。
普段は横暴な面も多々あるし、委員会は拷問みたいな感じでちょっとがさつだけど、こんな仕草は一々可愛らしい。その度に心臓が脈を打つ。まぁ、出身が武家なだけあって其れなりの教養は身についているのだけど。

「いいじゃないか!見せろ!」
「え、あ、うわぁ!」

不意に奪われた文を見らるまいと引っ張れば、びりり、と不吉な音を発てて文は真っ二つになった。

「…あ、」

折角、折角書いた文は、皮肉にも渡す相手により破かれてしまった。
ぽろぽろと頬に涙が伝う。
何日も何日も考えて、何回も何回も書き直した大切な文が、意味を無くしてしまった。

「…なまえ、」
「ご、ごめんね、泣いちゃって。文は、気にしないで!」

涙を拭い小平太に笑いかければ、小平太はその愛らしい瞳を伏せ私の頬に伝う涙を指先で拭いた。

「…なまえ、すまなかった。」
「大丈夫だってば、気にしないで?」
「しかし、」
「ね、文はまた書き直せばいいから!」

不満気な小平太の手から文を奪い文をぐしゃりと潰して懐に仕舞う。

「ほら、バレーボールをしたかったんだろう?立花たちを誘って中庭に行こうか。」
「…そうだな!」

にかりと笑った小平太に頬を緩ませ部屋から出る。
障子を閉め、小平太の隣に並び立花たちが居るであろうい組の教室へ歩を進める。途中蛸壺に落ちていた伊作を拾う。伊作はとことん不運なんだな。

「……、」

バレーボールが終わったら、また文を書き直さなきゃならないなぁ。







如何なる時も
君の笑顔さえ有れば何だって、


 


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