「先生、お茶をお持ちしました。」
教員用長屋のある一室に一人の少年の声が届く。少年の声に部屋の主である山田が返答すれば、もう一人の部屋の主、土井の肩が小さく揺れた。
ガタリと小さな音を立てて開く木戸の向こうには紫色の装束に身を包んだ小柄な少年、みょうじなまえが三つの湯呑みが乗ったお盆を手前に置きながら正座をしており、綺麗な動作で部屋に入り木戸を閉める。一連の動きに山田は教養がなっていると感心する。
お盆に乗った湯呑みからは白い湯気がたっており、淹れたばかりだと謂うことが伺える。
「どうぞ。」
「すまんな。」
なまえから受け取った湯呑みは温かく、緑茶のよい香りが鼻腔を擽った。
「…土井先生?如何なさいました?」
湯呑みを受け取ろうともせず、机に置かれたにも関わらず何の反応を見せない土井になまえは僅かに不安を滲ませた声色で訊ねた。
しかし、土井は一向に返事をしようとせず、じっと自身の手元へ視線を遣る。その様は見方によれば機嫌が悪いようにも見え、なまえは益々不安になった。

山田からお茶をしようと誘われ、断る理由も無く二つ返事をしたなまえは、以前土井が美味いと言ったお茶を淹れに一旦長屋へと戻った。その時なまえは浮かれていた。例え山田と三人のお茶会であっても、一回り年上の恋人である土井と会えると謂うことが嬉しくて仕方がなかったのだ。普段は人目が有ることから土井に対して少々冷たい態度をとってしまうなまえであったが、矢張り恋人に会うとなると粧しこみたくなるのは当たり前で、湯を沸かす間に髪を整えたり装束を着直したりと俄然張り切っていた。

併し、現在のなまえはまるで親から失望された子供のような心境に陥っていた。焦燥、そして土井の機嫌を損ねてしまった自分に泣きたくなった。某六年生のように艶やかなサラストとまではいかずとも、毛先に僅かな癖の有る黒く艶やかな自慢の髪をさらりと揺らしたなまえの表情は小さく歪んでおり、茶を啜っていた山田は聞こえないように溜め息を吐いた。
「土井先生、何をボケッとしているんですか。」
「え、あ、すいません!」
ハッとしたように顔を上げた土井の目の前には眉を下げたなまえの姿。場違いにも、土井はなまえを見た瞬間胸がどくりと脈を打った。なまえの容姿はまるで少女のようだと言われるだけあって、普通に着物なんて着られたら誰もなまえが男だなんて思わない程だ。寧ろ転入当初は約数名がなまえを男装した何か訳有りの子だと思い込んでいたくらいに、なまえは女人の様な容姿をしている。故に、なまえの落ち込んだような表情は男性からしたら少女を苛めたような、居心地の悪いものになり、また逆に、胸の奥の何かを唆るものにもなってしまうのだ。
「お口に、合いませんか?」
不安気ななまえに土井は柔らかく笑みを浮かべ言葉を返した。
「いや、美味しいよ。ありがとう。」
「いえ、」
やっと笑顔を浮かべたなまえに土井はほっと息を吐いた。
矢張り恋人には笑顔でいてほしい。それがなまえなら尚更。
土井はなまえが思う以上になまえを好いていたのだ。それはもう、同室である山田が呆れる程に。
「土井先生、休憩にしましょう。」
「そうですね。」
山田の言葉に頷き机の上に乗ったものを片す。
お手伝いします、と書類を整えるなまえを見ればなまえの伏し目がちな瞳に再びどきりとした。なまえは見下ろされるのがあまり好きではなく、大抵同じ目線で話すことが多いためこのような姿を見れるのは貴重なのだ。この時、土井は書類を押し付けてきた学園長に感謝したとか。
「なまえは茶を淹れるのが上手いな。」
「ありがとうございます。しかし、一年は組の黒木くんには敵いません。」
「庄左ヱ門は趣味でもあるからな。」
褒める山田に小さく笑うなまえとぼんやりと言う土井。ほのぼのとした時間が過ぎているように見える。
「(…好きだ、)」
なまえを見ながら心の中で呟く土井。その表情はとても柔らかく慈愛に満ちた眼差しであった。
しかし、と土井は意識をきゅっと引き締める。
なまえが土井と距離を置きながら付き合っているは謂え教員と生徒と謂う立場には変わりは無い。
付き合う絶対的条件として出されたのが「贔屓は一切しない。」である。
無論贔屓目は教員として有るまじき行為であり、土井も其れは十分に理解していた。
併し、惚れた弱みとはよく言うもので。土井はなまえを贔屓目にしないという自信は無かった。
なまえは何をしても愛らしいし、なまえが作った罠なら喜んで飛び込みたいと考えていたし、なまえの全てを褒めて褒めて褒めちぎってやりたい程、土井はなまえを溺愛していた。
併し、教員と謂う立場から考えて生徒と恋仲になると謂うのは如何なものだろうか。忍者の三禁を犯しているだなんて生徒に示しが付かない。併しなまえを愛する気持ちは溢れ続ける。
「…土井先生、諦めなさい。」
ぽん、と肩を叩かれはっとすれば其処にはなまえの姿は無く、淹れ直されたのであろう。湯気をたてる緑茶となまえが座っていた座布団が寂しく置かれていた。
「…やってしまった。」
土井の呟きに山田は小さく笑って呆れるだけであった。








呆れる溜め息優しい瞳
彼が犯した罪は決して重いものでは無い。彼だって人間だ。愛しい存在が在って当たり前な訳で、其れが生徒だったと謂うだけ。
いい加減二人とも素直になればいいのに。






企画ご参加ありがとうございました!
書き直し過ぎて最早意味の判らないことになってしまいました。すいません。(ぐりぐり
では、これからも謳歌共々よろしくお願いいたします!



 


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