涼やかな風鈴の音が辺りからちらほらと聞こえだす新緑の候、カレンダーに記された赤いバツを見てまた一つ溜め息が溢れた。
 なまえを探すことを続けて何回目かの夏が来た。喜八郎は日々無表情ながらなまえを探すことを止めず、滝夜叉丸はそんな喜八郎を心配しながらも探し、三木ヱ門とタカ丸さんは独自のルートからなまえを探し、俺は只官当てもなく一本杉を探したり、なまえの好みそうな場所等を探していた。
 なまえの出身は雪国で、探しに出向こうにも学生ではどうにも無理が有り今は雪国に行けるようにバイトに勤しむ日々が続いている。

「……、」

 あの頃より短くなった髪や高くなった身長、幾分低くなった声や変わったであろう雰囲気。
 もし見付けてもなまえは俺に気付いてくれないのではないか、そう思い不安になるが、なまえならきっと大丈夫。
 あんなに俺を好きだと言っていたなまえに限って俺がわからない訳ないだろう、三白眼だって健在だし顔立ちも激変した訳ではなく少し大人びただけだ、と言い聞かせることしか、今の状況に絶望しない方法は無かった。
「留三郎、ちょっといいかな?」
「なんだ?」
 少し困ったように眉を下げた伊作が扉の向こうから顔を覗かせ、俺に向かって紙と財布を渡してくる。
「薬局で包帯を買ってきて欲しいんだ。乱太郎たちに巻き方を教えようと思ってたんだけど、僕今から補習が入ってて…。」
「ああ、構わないぞ。」
 すまないね、と謝る伊作に気にするな、と返し財布を受け取り薬局へ向かう準備をする。
 初夏とはいえまだ少し肌寒いし七分丈でいいだろうと箪笥から気に入っている七分丈の服を取りだし着替えると、一度出ていった伊作がもう一度扉を開け何やら嬉しそうに頬を緩め意味深な言葉を紡いだ。
「…頑張ってね。」
「は?」
「じゃあ、頼んだよ。」
 パタリと音をたてて閉まった扉を見て首を傾げる。伊作は一体何の事を言っているのだろうか。まさか最近また一段と酷くなった移り不運についてだろうか。そうだとしたら実に迷惑極まりない。
「…取り敢えず、行くか。」
 机の引き出しに仕舞われたもう色も変わってぼろぼろになってしまった封筒と財布を持ち、部屋を後にした。








「いいから出せよ!」
「嫌だと言ったら嫌です!」

 薬局から帰る途中、路地裏から聞こえた声に心臓がどくりと大きな音をたてた。
 少し高めだが鼓膜を揺らす音が心地良く、一度聞けば直ぐに頭が記憶する甘い声。
「っ離してください!」
 嗚呼、間違いない、これは、もう何年も何年も待ち焦がれた愛しいアイツの声だ。
 走り出した足を必死に動かしながらどくどくと脈を打つ心臓がやけに煩いがそれも今では嬉しさに変わる。
 声のする場所まで着けば其処には首筋にかかる程度の黒く艶やかな髪を揺らし、服から覗く手足は雪みたいに白くて、小さな背丈もあの頃のままで、自分よりずっと身長の高い相手を睨むなまえが其処には居た。
「…退け。」
「うぁ!?」
 なまえの手首を掴む男を蹴り飛ばしなまえの前に立つと、目を大きく見開き驚愕を顔に浮かべている。
 力一杯なまえを抱き締めてやろうと腕を伸ばした瞬間、先程蹴り飛ばした男が青筋を立てながら俺の胸ぐらを掴んできた。」
「てめぇ嘗めてんのか!?あぁ!?」
「っ、先輩!」
 慌てたように声を上げるなまえに確信を持ったところで、胸ぐらを掴む男を睨み返し腕をぐっと握る。
「離せ。」
「…っ!」
 只でさえ怖がられる三白眼があの頃のように殺気を帯び男へと視線が向けば、其れは生温い世界に生きてきた一般人十分恐怖となり下手をしたらトラウマにさえなり得ない。
 男の手は、震えている。
「先輩、行きましょう。」
 左手首を引かれ一歩後ろに下がれば男は手を放し尻餅を着く。
 それを一瞥して引かれるままに歩を進めれば、俺の手を握るなまえの手がぎゅう、と力を込めたのがわかった。
 お互いに口を開かないまま黙って足を動かし人気の無いこじんまりした何処にでもあるような公園に入る。
 歩く度に揺れるなまえの黒い髪やあの頃よりほんの少しだけ伸びた身長や見慣れない制服を纏う背中に心臓がまたどくりと音をたてる。
「……食満、留三郎先輩、ですよね?」
 不意に振り返り俺を見る瞳は不安と期待がぐちゃぐちゃに混ざりあったように揺れていて、今にも壊れてしまいそうな不安定過ぎるその姿に、気が付けばなまえを抱き締めていた。
「なまえ、なまえ…!」
「っ先輩!」
 堰を切ったように泣き出すなまえを更に強く抱き締めると抱き締め返してくれる暖かさに、自然と涙が溢れた。
 何年も何年も、気が遠くなるくらい探し求めた暖かさに漸く触れられ、とくりとくりと伝わる音になまえが生きていると謂うことが理解出来て、変わらないその姿に安心して、増した愛しさに胸が苦しくなった。
「…待たせて、悪かったな。」
「い、え。」
 暫く抱き締め合いながら涙を流せば、なまえはあの時のようにぐい、と胸を押し返し涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、真っ赤な目を細め何処か嬉しそうに口を開いた。
「…かねてより、あなたのことをお慕い申しておりました。」
 つう、と頬を伝う涙を指先で拭ってやればなまえは一層嬉しそうに目を細め返事を聞かせろと言わんばかりに視線を向けてくる。
「お前を一等愛しているよ。」








だってこれは必然だから





 


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