main

main story





いつの間にか眠ってしまっていた私の膝には、イズナさんの上着がかかっていた。隣にいるイズナさんは私が起きたのを見ると、小さく笑った。
「お早うイリス。昨夜は特に変わった事は無かったよ」
「ごめんなさい私、寝ちゃうなんて」
「いいよ。今日にはハイスヴァルムに入れるから、きっと忙しくなるし」
私とイズナさんは屋上から降りた。いくつかの部屋に分かれて眠っていた3人はもう一つの大きな部屋に集まっていて、朝ご飯を作ってくれていた。エコーさんが作る隣で、フラウさんが手伝いをしている。フレイムさんは私たちに気が付くと、ふわりと笑って手を上げた。
「イリス、イズナ、おはよう」
「おはようございます」
「おはよう」
集められた種類の違う椅子には、申し訳程度の布が敷いてあった。イズナさんと二人で腰を下ろすと、エコーさんのご飯が運ばれてきた。今日はコンソメで炊いたご飯に、緑葉のソテー。大切においしくいただく。
「おっはよー!」
「おはよぉ、異常はなーい?」
「ん、ないよ。静かすぎるくらいの夜だった」
「そうか。それも不気味だな」
エコーさんのご飯はやはり間違いなくおいしい。フラウさんは一体何を手伝ったのだろう。
食事が終わると、フレイムさんが私たちを見回して、真剣な目で言った。
「今日はハイスヴァルムに入る。首都のトリジマイトまではこの馬なら三日ほどで着くだろうが、何せ砂漠だ。モンスターや悪天候も考えられる。油断は禁物だ」
「……あの」
私が小さく手を上げると、4人が一斉にこちらを見た。ハイスヴァルムに帰ると解ったときから、私には行きたい場所があった。
「時間が無いのは、解っています。でも、どうしても行きたいところがあるんです」
「……何処だ?」
「……私の、生まれ故郷、キナサです」
内乱で家が燃え落ちてから、一度も帰っていない、今は無い村。トリジマイトに行くのなら通り道だ。
「もう、あそこには何もないと思うんです。でも、どうしても――行かないといけないような、そんな気がして」
少しの沈黙の後、4人は頷いた。
「いいよ。イリスちゃんの言うとおりにしよ」
「そうね。初めていうわがままですもの〜。聞いてあげたいわぁ」
「ボクもキミの覚悟に従うよ」
「そうだな。行こう、イリス。お前の故郷に」
「……っ、ありがとうございます!」
砂漠越えの支度を済ませると――服はイズナさんがシルフさんから預かっていた――私たちは建物を後にした。驚くほど、モンスターにも人間にも会わず、半日ほどでマッフェンの国境まで着いてしまった。眼前に広がる砂漠は、やはり郷愁を呼び起こす。
マッフェンの気候はやはり他国に左右されているようで、国内にいる時から熱風が押し寄せていたが、【境】を超えればやはり、比べ物にならない熱が身体を包み込んだ。
「暑いわねぇ……」
「俺が煽いであげよっか?」
「エコーうざい」
「うざいって何?! イズナちゃん酷くない?!」
「お前らいい加減にしろよ?」
「ごめんなさい斬らないで」
喧嘩を始めたエコーさんたちに剣を向けるフレイムさん。見慣れた光景にも、何処となく走る緊張感が身に痛い。キナサは国境付近の村だった。以前は、マッフェンの技術力で家屋もそれなりに発達していたのだが、だからこそ標的にもされたのかもしれない。
私の中には、複雑な気持ちが渦巻いていた。
故郷には、間違いなくいい思い出はない。生まれながらにして忌まれていた私は、両親の愛も知らなければ友人の温かみも知らない。勿論今は違うが、その頃の孤独を思うと胸が締め付けられて苦しかった。
だけれど、行かなくてはいけない。確認しなくてはいけないのだ。
私を育てたあの村は、今一体どうなっているのか。
それから約半日、私たちは馬を走らせた。キナサのあった場所は、私の思い出を頼りにするしかなかった。しかし、ハイスヴァルムは以前とは様相を変えてしまっていた。内乱はもはや、『内乱』と呼ぶに相応しくなかった。戦争だ。木々はなぎ倒され、石には銃痕が残る。いたたまれない気持ちになりながら、ほとんど薄れ掛けた記憶をほどいて私たちは、ついにキナサに辿り着いた。
「……酷いな」
言葉を失った。
内乱で家を失ってからキナサに帰ってくるのは初めてだったが、燦々たるものだった。
建物はほとんどが焼け落ち、草木の果てまで廃れている。私はほんの僅か残った軌跡から、自宅のあった場所を探し出した。煉瓦造りの家は、もう残骸になっている。庭も、草花もない。私はただ茫然とそこに立ち尽くしていた。
「ここが、私の家……だったはずです」
「……」
イズナさんがゆっくりと進み出て、瓦礫を一つ横にどかした。床が見える。そう、黒い床だった。深く沈むような色の。
「あらぁ?」
イズナさんの横にいたフラウさんが声を上げる。私はおずおずと其処へ向かった。
「これ、なにかしら?」
「え?」
床には、小さなくぼみがあった。まるで引き戸のような。こんなくぼみは家に有っただろうか。近くを見ると、本棚の木片が残っている。そうか、本棚の下に。
「地下室の入口みたいだが」
「でも、家に地下室なんて……」
「入ってみる?」
エコーさんとフレイムさんが二人がかりで、その上に有った瓦礫や木をどけた。小さな扉のような形をしている。曲がってしまった扉は開かなかった。
「ボクがやろう」
イズナさんの斧で、思い切りそこを叩き斬る。幾度か目の斬撃で大きな音がしたと思うと、扉が突然跳ね開いた。
「開いたよ」
「やっるー!」
「……イリス、いけるか」
フレイムさんが私に声を掛ける。私は小さく頷いた。
私の知らない、私の家。
中は急な階段になっていた。3人には残ってもらい、フレイムさんの手をつなぐ。もう片方の彼の手からは小さな炎が出て、明かりの代わりになっている。不思議だが、何故か自然と受け入れられた。
階段を降り切ると、小さな部屋にたどり着いた。小さなランプが置いてある。フレイムさんがそこに手をかざすと、ささやかな炎がともる。
「ここ、は……」
部屋には、一つの子机と、その上に置かれた、15センチ四方の古びた箱しかなかった。箱には緻密な文様が施されていて、高級そうに見えた。もしかして両親の財産だろうか。そんなものがあるような暮らしぶりには思えなかったが。
「イリス、開けたらいいんじゃないか」
「でも……」
「君のものだ。開けてみたらいい」
「……はい」
ランプをかざし、そっと埃を払う。模様は精霊教会で見た世界図に似ていた。四大精霊様が描かれ、中心には、透明なガラス玉がはめ込まれている。
そっとそのふたを開けると、中には二つのものが入っていた。革袋と、そして――手紙だった。
宛名は私。裏を見ると、父と母の名前があった。
私は震える指で、そっと封を切った。
中からは、一枚の便箋と、古びた写真が出て来た。
便箋を、開く。
「――イリスへ
これを読んでいるという事は 私たちはもう生きてはいないでしょう
貴女に私たちはひどい扱いをしてきました
貴女は真っ白な天使のような姿で 私たちの娘として生まれました
愛おしいと同時に 恐怖したのです
白の子は光の子 世界の危機に訪れる勇者の生まれ変わりだと知っていましたから
私たちは勇者の末裔なのです
戦争が起こるのは貴女のせいではないと解っていても 私たちは恐ろしかった
貴女が失われることも 戦争も だからあんな扱いしかできなかった
でも イリス 私たちは二人とも 貴女を愛していました
どうか強く生きて 美しいこの世界を救ってください
私たちの愛おしい娘 イリスへ
父 母より」
「――ッ」
胸が詰まった。涙がこぼれた。確かに、父と母の字だった。
嫌われていると思っていた。18年間ずっと。でも違ったのだ。
「イリス、君は愛されていたんだ」
フレイムさんがそっと私を抱きしめた。その胸に顔をうずめ、私は声を上げて泣いた。
「っぅ、ごめんなさい……わたし、」
「いいんだ。落ち着いたか」
「はい……」
涙と鼻水まみれの顔は恥ずかしい。私は顔を拭くと、小さな皮袋に手を伸ばした。
思ったよりも重たい。紐をほどいて、手のひらに中身を出す。
「……指輪?」
「みたいだな」
「綺麗……」
銀の縁に、光を受けて七色に輝く5ミリほどの石が輝いている。私はそれを人差し指にはめた。ぴったりだった。
「きっとイリスにだ」
「……おとうさん、おかあさん――」
私は手紙をそっと胸に抱いた。心の中でありがとうと、繰り返しお礼を言いながら。



Re Highthvalm Episode1 
【Tears fell】






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -