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 教会を出て、フレイムさんたちの待つ宿へ向かう。私は彼らに聞かなければならない。私の夢は、正夢なのかどうなのか。そうして、もうひとつ――
「きゃあああ!!」
「えっ、なに……!」
 突如響き渡った悲鳴に、私は動揺しながらもそちらに走って行った。そこで見たのは、悲惨な光景そのものだった。
 緑の旗のマッフェン軍と、青の旗のフリッシュ騎士団が衝突していた。街中での戦闘で、民間人が巻き込まれている。怪我をしている人も居れば、泣き叫ぶ人もいる。その中で、血を流し、倒れ伏している人がいた。私は慌ててその人のもとへ駆け寄る。
「大丈夫ですか、あのッ……」
 肩を揺り動かすも、反応はない。かわりに私の手にはべったりと赤黒い液体がついた。あ
「あ、あっ、」
 兵士だろう彼は、生暖かい赤を流していた。その温度に反比例するように、身体は急速に冷たくなっていく。
「そん、な――」
 足から力が抜けていく。体が震えて、立つことも動くことも出来ない。耳の奥で、怒号や悲鳴がごうごうと鳴り響いた。
「お前もそいつの仲間か。ならば粛清してやる!」
虚ろに響く誰かの声。目の前に剣が迫っても、それをただ、見ていることしかできない。
――ああ、私は、未だ。彼に、何も。
「……あ、れ」
 目の前から、剣が消えた。次いで、ガシャンという、金属が石畳に打ち付けられる音が響いた。剣の代わりに、私の前に立っていたのは雪色の肌、アイスブルーの髪の女の人だった。手には、長い槍を持っている。
 振り返った彼女のたれ目の瞳は、きれいな空の色だった。
「あぶないわよお、大丈夫〜?」
「あ、はい、あの……私は、大丈夫です……」
 彼女は私の血の付いた手を見て、切なげに眉を寄せる。なんてきれいなひとなんだろう。
「うちの国の子をこんなにして、もう、困ったちゃんねえ」
 亡くなったその兵士さんを彼女はそっと私から引き離した。そして、私の手に触れる。
「綺麗な手が台無しだわぁ」
 巻いていたストールを外すと、それで私に付いた赤を拭く。綺麗な水色が汚れてしまった。はっと、意識が戻ってくる。
「あの、ごめんなさい、わたしっ」
「いいのよぅ。ちょっとお片付けしちゃうから、待っててね〜?」
 そう言った彼女は槍を構え、ゆっくりと歩き出した。ゆるく巻かれた長い髪が、朔風に舞う。
「てめえ! 何しやがる!」
 さっき私を狙った兵士の仲間だろうか、薄汚い怒声が響き、彼女に襲い掛かった。
「仲間思いなのはいいけどお、でも、『おいた』がすぎるわよ」
 微笑みは崩さないまま、柄を長く持った彼女は、兵士の剣が届かない距離から攻撃を仕掛ける。相手の盾を跳ね飛ばして、そのまま武器を叩き落としていく。只なすすべもなく立ち尽くす兵士を、逆さに持ち替えた槍の後ろの部分で殴りつけ、気絶させていく。
 華麗なその動きは、まるでダンスでも踊っているかのように優雅だった。
「よくも、このアマ!」
「俺たちが粛清してやる!」
「んもう、しつこい男は嫌われるんだから〜」
 左右からの攻撃にも、彼女は動じる様子もなく、柄の中ほどを持った。そして、軽々とそれを振り上げてみせる。最早私には、一体何が起こっているのか解らなかったけれど、槍の両側から繰り出される連撃が、兵士さんを倒したようだった。
「あのぉ、まだ続けます〜?」
 問いかける彼女はひどく可愛らしかったが、今までの所作を見ているとそうとも言えず。兵士さんは気絶した仲間を抱え上げ、慌てた様子で逃げ出した。
「ふう、きれいにお片付けおしまーい」
 笑顔の彼女が私のもとへ走り寄ってくる。
「ねえあなた、旅の人よねぇ? 宿は何処? 連れて行ってあげる〜」
 柔らかな雪を想像させる、甘やかなその声に私は頷いた。聞いていた宿の場所までもう少しというところで、見慣れた人影が見えた。
「フレイムさんっ!」
「イリス! 無事か、……姉さん?!」
「ええ?!」
 うふふ、と笑いながら彼女は自分の頬に手を当て、首を傾げてみせた。
「あらあら、フレイムちゃん、久しぶりだわね〜」
「お、お姉さんなんですか?!」
「そうよぉ。私はフレイムのお姉さんなの、フラウって言うのよ、よろしくね〜」
 あまり似ていないような気もするけれど……。フレイムさんはフラウさんとの再会に喜んでいるようだ。エコーさんが彼女の胸に――いったい何を食べたらこんなにおっきくなるのだろう――飛び込もうとするのを華麗に(5メートルくらい)突き飛ばし、フラウさんは言った。
「エコーったら相変わらずなんだから〜」
「皆さんお知り合いなんですか……!」
「フラウちゃんも相変わらずの槍捌きだね……。ほら俺、フレイムともフェンリルとも友達だからさ、そのつながりで」
 あんなに吹っ飛ばされたのに平気なエコーさんは不死身なんじゃなかろうか。再度挑戦しようと試みているエコーさんを見て、フレイムさんは血相を変えて抜刀した。
「ちょ、ちょっと怖いよフレイム、ごめんってー」
「私はいいのに〜」
「え、さっき俺のこと投げ飛ばしたよね? 物ッ凄い吹っ飛ばしたよね?」
「そうだったかしら〜?」
「違う、姉さん。後ろだ」
 フレイムさんの言葉に、私たちは振り返った。
そこには、いつの間にか、民族衣装を来た見慣れない男たちが、武器を構えて立っていた。
「まあまあ……火の国からもお客さん〜? 今日は千客万来」
「え、じゃあ、この人たちが……フレイムさん!」
「ああ、俺たちが追っていた奴らだ」
 やっと会えた。追いついた。ハイスヴァルムで内乱を起こして、平和を奪って、これから一体何をしようというのだ。何とか食い止めなければ。
「なんだよ、ビビったじゃねーか」
「エコーは後だ。まずはこいつらを無力化する!」
「え、やっぱ怒ってる……」
 そんな会話をしながらも、フレイムさんは戦闘態勢に入っている。エコーさんも、肩を落としながら弓に手を掛けた。
「エコー、解ってるな」
「はいよ」
「姉さん」
「もちろんよ〜」
「イリス、できるか」
「……がんばってみます」
「よし。子供たちを守ってやってくれ」
「……はい!」
 私が頷くのとほぼ同時に、部族たちが襲い掛かってきた。フレイムさんとフラウさんが前衛、エコーさんが二人をフォローする形で後ろに陣取った。私は怖がる子供たちを宿の中に誘導し、女将さんに彼らを頼むと外へ駆け戻った。
「ったく、こんなとこで戦闘なんて嫌なんだけどな、そらっ」
 エコーさんは素早く数本の矢を放った。それはフレイムさんとフラウさんの間を抜け、走る部族の足を見事に射止めた。
「はい、命中っと!」
 足を抑えてもがいている敵の武具を、走り出した二人が手際よく破壊していく。無防備になった相手に、そろった動きで次々に掌底を食らわせる二人は矢張り姉弟のようだ。
「えーいっ」
「よし、次ッ」
「ほらほら、どんどん来な!」
 3人の動きは一分の隙も無かった。しかし、3対大勢ではなかなか勝負がつかない。
そんな中、男が一人、傷付いた足を押さえながら、隊列から離れた。
「ひとり逃げたよフレイム!」
「く、追えないッ……!」
「解った、俺が行く! こっちは頼んだからね!」
 エコーさんは体を起こして、一瞬私の方を見た。ウィンクして駆け出すエコーさんはやっぱりすごい。
「フレイムちゃん、作戦変更で行きましょ?」
「どうする?」
「うふ、直接ボコボコ大作戦〜」
「……つまり、格闘戦ってことだな?」
「あたりぃ」
 二人は持っていた武器をその場に置くと、徒手空拳で部族たちに立ち向かっていった。
「舐めやがって!」
「相手は二人だ、囲め!」
 罵倒しながら近づいてくる部族たちよりも早く、二人が同じ動きで正確な蹴り技を繰り出していく。寸分違わず急所を狙い、意識を失う彼らの中で二人の動きは私を釘付けにするのに十分だった。
 ――守られてばかりではいけない。私も戦わなければいけない。
 失うためでなく、守るために。
「――全軍、撤退しろ!」
 未だ戦闘を繰り広げる町中に、明朗な声が響き渡った。驚いて声の方を見ると、一瞬ではあるが、馬で後退していく双剣の少年が見えた。旗は緑、もしかして――あの人が大将なのだろうか。部族や軍は突然戦闘をやめ、散り散りに逃げだした。撤退したのだ。あの人の命令通りに。
 あっけにとられる私たちの所に、大きな麻の袋を抱えたエコーさんが戻ってきた。
「え、なに、帰ったの?」
「ああ、撤退命令が出たようだ」
「ねえ、それよりぃ。その袋、如何したの〜?」
 エコーさんはにかっと笑った。
「一匹、ゲットしたのよん」


 
Flish Episode6
【A remnant of him/her】






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