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 暫く歩き、へとへとになりながらも私たちは山を下りることが出来た。もう足も、精神力も、体力も限界だった。何度も転びそうになる私を支えながら、フレイムさんが先を歩く二人に声を掛けた。
「ちょっと休もう。体力を消費しすぎてる」
「そうだな。もう少し行くと、ニックスという町に着く。そこなら休む所もあるだろう」
「ごめんねイリスちゃん、もうちょっと我慢してね」
「は、い――」
 視界が、傾く。ぐらり、何かを叫んでいるフレイムさんの顔が、最後に見えた。

――ああ、私。またこの夢を見ている。
 廃墟、硝煙、火の匂い。もう何度見たかもわからない景色。でも、今日は少し違う。人の声が響いているのだ。私はその声の方を振り返る。人が何人か、いる。背中しか見えないが、彼らの前には、大勢の軍隊がいるようだ。
 真ん中に立っているのは、褐色の少年。銀髪が映える、凛々しいその人の周りには、見覚えのある人たちがいた。赤い髪、大きな剣。青の髪、細いつるぎ。ブラウンの髪、背負うのは弓。緑色の髪の女の人は、私は知らないが、ああ、あれは、彼らではないか。
 その時、褐色の少年の肩に真白の鳥が止まった。夢で見た、あの鳥だ。
『今こそ、世界を守る時! 立ち上がれ、同胞たちよ!』
少年は剣を高く挙げた。
鳥の金色の目が、じっと私を見つめていた。

「――ん、」
「イリス! よかった、気が付いたんだな!」
「ふれいむ、さん……」
 目を開けるとそこにあったのは、意識を失う前に見た彼の顔。安心したように微笑むフレイムさんは、やはり夢に出て来た彼と似ている。
「私、倒れちゃって、ごめんなさい……」
「いいんだ。俺たちこそ、無理させてごめんな。いまエコーとフェンリルが買い物に行ってる。ちょっと待っててくれ」
「私、どのくらい眠っていましたか……?」
「そんなに時間は経ってない。2、3時間くらいだ。今日はここに泊まるから、ゆっくりしていい」
 フレイムさんの大きな手が、そっと私の髪をすいた。優しい感触に、安心する。
「フレイムさん、私、夢を見ました」
「どんな夢だ?」
「……、覚えていないけれど、とっても大切な、夢でした」
 どうして嘘を吐いたのだろう。でも、心のどこかでためらった。あの少年は誰なのか、聞いてしまうのが怖い。フレイムさんはそうか、とだけ言って、ただ傍にいてくれた。そのあとフェンリルさんとエコーさんが戻ってきて、ありったけの心配をくれた。
エコーさんが作ってくれたスープを少しだけ飲んで、私はまた微睡みに溺れて行った。
 次に目を覚ました時、もう外はとっぷりと闇に暮れていた。ベッドから体を起こす。頭が重い。サイドテーブルには水差しとコップ。私はベッドから足を下ろし、いったん部屋を出ようとした。
「――」
 隣の部屋から聞こえてきた声に、私は足を止めた。薄らと開いた扉から、3人の姿が見える。
「フレイム。イリスのことだが」
「ん?」
 私の事だ。足がすくんだ。いけないこととはわかっていながら、耳をそばだてて声を拾った。
「彼女、どうにも気になる。もしかしたら、」
「俺も気になってたんだよねえ。なーんとなく、懐かしい感じがしてさ」
 二人が言った。フレイムさんは少しの沈黙の後、小さく頷く。
「……俺もなんだ。初めて会った時から、昔から知っているような、そんな気になって」
 ――どうして、3人が私を大事にしてくれるのか、今やっと解った。
 夢の中の彼らは、きっとこの3人なのだ。そうして、いつか出会っている、あの少年に私が似ているから。だから、大切にしてくれるのだ。それは思い出をそっと大事にするように。
 ……考えてみれば、当然の事。見ず知らずの身元もわからない女を、誰が相手にするだろう? 誰が度に連れ出してくれるだろう、誰が命を賭して守ってくれるだろう。
 私はベッドに戻った。次ぐ言葉を聞きたくなかった。
 布団をかぶる。無意識に呟いていたのは、兄の名前だった。
 次の日の朝、私はあまり寝付けない儘体を起こした。3人はもう起きていて、支度もきっちり終わっていた。
「イリスちゃんおはよう! 体はもう大丈夫?」
 心配そうな声色のエコーさん。私の中で渦巻く疑念、猜疑、そして申し訳なさ。それを押し込めて、私は微笑んだ。
「はい、よくなりました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「迷惑なんてことないよ! 俺たちが先を急がせたからなんだからさ」
「そうだ。君がそんなこと感じる必要はない」
 その優しさが、痛い。私は一礼すると席に付いた。
「今日はフレイムが朝食を作ってくれている。ちょっと待っていてくれ」
「はい」
どんなふうに話したらいいか。私は解らなかった。それでも今は、この人たちのやさしさに甘えるしかない。今はその好意に乗って、私のような思いをする人を減らさなくてはならないのだ。
「悪い待たせた! イリス、大丈夫か?」
 いつもと変わらないフレイムさん。私は頷いた。
「大丈夫です。すみませんでした」
「いいんだって。ほら、食え!」
 出て来た食事は、まさに、肉、と言うにふさわしいそれだった。何かの肉をぶつ切りにしたものを焼いたのと、ご飯と、そして飾り程度の野菜。流石にこれには、3人で絶句した。
「あ、あのさーフレイム。朝からこれはどうなの……」
「確かに美味そうだが、お前は時と場合を考えたか?」
「え、でも……イリスも体調を崩してるし、栄養ある方が良いかと思って……」
 しゅんと首をうなだれるフレイムさんに、私は慌てて手を振った。
「だ、大丈夫です! いただきますっ」
 ナイフで肉を切って、一つ口に運ぶ。続いてエコーさんとフェンリルさんも朝食に手を付けた。
「おいしい……」
 3人の言葉が重なる。肉はそれほど味も濃くなく、案外あっさりと食べることが出来た。他の二人もそうだったようで、口々に感動の言葉を述べながら一気に平らげてしまった。フレイムさんは頬杖をついて私を見る。
「イリス、どう? 美味いか?」
「はい、おいしいです」
「よかった」
 彼の笑顔は、やはりいつも変わらない。私は泣きそうになりながら笑った。
 朝食を済ませ、私たちはまた歩き始める。フリッシュはやはり氷の国だけあって、何処も雪が積もっている。馬も足がはまって歩けないこの国では、徒歩以外に移動手段がなかった。
もちろん雪山よりは積雪は薄いが、それでもなかなか歩きづらい。体力も消耗する。私たちは箇所箇所にある山小屋――フェンリルさんいわく、旅人の為の小屋だと言う――で休息をとりながら歩みを進めた。入国してから10日が経とうという頃、私たちはやっとフリッシュの首都、ラヴィ―ネに到着した。
「ラヴィーネにはウンディーネ様を祀る教会がある。俺はそこに世話になっているんだ」
「そうなんですか」
 ラヴィーネの門を潜ろうかと言う時、入れ違いに人の集団が出て来た。どうやら軍人であるらしい。私はフレイムさんを見上げた。
「もしかして、ハイスヴァルムの……」
「いや、違う」
 フレイムさんは彼らを見て首を横に振る。その眼はそれでも鋭く、彼らの後ろ姿を追っている。
「あれは、マッフェンの傭兵団だろう」
「え、マッフェン?」
 まだ行ったことのない国だ。科学の発達した、精霊の力に頼らない国だという。バオアーやフリッシュとは違う。そんな国の傭兵さんたちが、どうしてここに。
「見てみろ。旗が緑色だろう。あれはマッフェンを護る大精霊、シルフ様の御色だ」
 フェンリルさんの言うとおりだ。たしかに、掲げている御旗の色が鮮やかな緑だった。次いで出て来た町の人を捕まえ、私たちは話を聞くことにした。
「道中すまない。奴ら、何をしにここへ」
「さあな。偵察だけして、帰っていきやがったよ」
「マッフェン軍は兵器やらなんやらを開発してるそうじゃねえか。俺たちの騎士団が勝てるのかねえ」
「ああ、いやだいやだ。ウンディーネ様の逆鱗に触れてしまうわ」
 そう言って去っていく彼らの言葉に、フェンリルさんはちいさく溜息を零した。
「フリッシュにこんなにも他国の奴らが来るとは……」
「確かに、珍しいな。この国には観光客やら軍人やらはほとんど来ないはずなんだけど」
エコーさんが続ける。
「他国の軍の侵入を、我が騎士団が黙っているはずがない。町に入ろう」
 


 
Flish Episode4
【No one told me the truth】






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