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お店の人に教えてもらった森へと向かう。先刻の命の輝く溢れる翠とは違い、うっそうと茂る木々にうすら寒い物まで感じた。心なしか、じっとりと湿っている地面からも嫌なものが上がってくるような気もする。
「しかし……若い男が一人でこんな所に入ってゴブリンと戦うなんて無茶な……」
「フレイムさんもしようとしてるじゃないですか」
「いや、俺は訓練してるからいいんだけど……」
 フレイムさんは先に立ち、周囲を警戒しながら進んでいく。地面に敷き詰められた枯葉が濡れているせいで、歩きづらい。足を取られ、もたついていると後ろの茂みががさりと鳴った。
 先に行ったという男の人かもしれないと、私は振り返った。
――違った。
 腐った葉の緑を纏う体躯。耳はとがって長く、鼻は顎のあたりまである。ぎょろりとした目は厭に明るい赤。人間ではない、つまりこれが、ゴブリン。
 その生き物は、私と目が合うと、大きな口をにたりと歪めた。そして、私目掛けて突撃してきた。
「きゃあああ!!」
「イリス、っくそ!」
 フレイムさんの叫び声が後ろで聞こえる。間に合わない。
 私はまた何もできない。

 ――ひゅ、

 耳の横を風が掠めた。目の前のゴブリンが一瞬つんのめり、その後後ろにどっと倒れた。喉元に刺さっているのは――弓だ。
 呆然と立ち尽くしていると、今度は目の前を風が過ぎる。空から何か、いや、誰かが落ちてきた。
 ライトブラウンの長い髪は、三つ編みと共に小さな花で後ろに結い上げられ、山吹色の瞳は綺麗な二重の瞼に包まれている。フレイムさんよりも背が高いだろうか。はっきり言って、かなり美形の分類に入るだろう。そんなひとが、空から降って来たのである。
 彼は私を見ると、にっこりと絶世の笑顔を浮かべた。
「大丈夫? 気をつけな?」
「あ、ありがとうございます……」
「かわいいな、ここらの子じゃないよね? 片付いたらお話しよ!」
 一体だけだと思っていた私は、ゴブリンたちに囲まれていることに気が付かなかった。彼は私を背に立って、振り返って笑う。
「さて、残りもやっつけちゃいますか」
 彼は背負っている弓を取る。それを横に構えると、矢を番えた。空気に響き渡る、風を切り裂く弓の音。突進してくる敵を、次々に射抜いていった。それも、すべてが喉元に命中している。私はあんぐりと口をあけてそれを見ているしかできなかった。
「すごい……」
「あっちももう終わりそうだね」
 彼の目線を追うと、背中しか確認はできなかったが、フレイムさんがゴブリンを一刀両断しているのが見えた。ひょいと私の目線を遮ったのは綺麗な彼の顔だった。
「もうーどうしたの、君みたいなかわいい女の子がこんな所に1人で。あっその服ハイスヴァルムのかな? もしかして迷っちゃった? 俺が華麗に家まで送ってあげよっか」
「えっあの」
「あ、ごめんねゴブリンにびっくりしたんだよね。でももう大丈夫、俺が来たからにはもう危なくないからねって痛い!」
 男の人が横に吹っ飛んだ。ちょっとだけほっとしたのは心のうちにとどめておくとして、後ろから現れた――おそらく彼が男の人を蹴り倒したのだと思う――フレイムさんに感謝した。
「イリス、大丈夫か?!」
「あ、はい、私は大丈夫ですけど……」
 繁みを見下ろすと、枯葉に突っ伏した男の人が勢いよく立ち上がった。この人の機敏さは一体何なのだろう。
「ちょっと痛いだろ?! って……フレイム?!」
 フレイムさんが振り返る。元々大きな目を丸くして、叫んだ。
「エコーか?! 何でこんな所に……!」
「お知り合いなんですか?!」
「知り合いっていうか……」
「腐れ縁?」
 フレイムさんは苦い顔をしていたが、結局三人で歩き出すことになった。
「お前さ、女とみると飛びつくその癖直せよ」
「うるさいよ、俺は愛のトレジャーハンターだからいいの。フレイムこそ女の子には興味ありませーんって顔してこんなにかわいい女の子と森に来るなんてさ」
 じとりとフレイムさんを見る彼。フレイムさんははあと大きな溜息をついた。
「イリスはそんなんじゃねえよ」
「イリスちゃんっていうんだあ、かわいい名前」
「え、いや、かわいくありません……」
 突然のフレイムさんの友人登場に私の心が騒ぐ。私は要らないと言われやしないだろうか、こんな見知らぬ土地で、放り出されたら。
「悪いなイリス。驚いただろ」
「あ、いえ……少しだけ」
「びっくりするイリスちゃんもかわいいなあ」
「お前は黙ってろ。そもそも、女たらしのお前が何で爺さんの頼みなんて聞いたんだ」
 どうやったらあんなに口が回るのか不思議だった彼が突然黙った。早足で先に立って歩きながら、ぶっきらぼうに彼は言った。
「べっつにー。最近村でも世話になってるし。ほら俺、優しいから」
私とフレイムさんは目を見合わせる。フレイムさんはついに耐え切れなくなったように吹き出した。
「ぷ、ははは、お前、照れてんのか?」
「はあ?! 俺様が照れるわけないでしょ! 馬鹿じゃねえの!」
 少なくとも、悪い人ではないらしい。フレイムさんにうなづかれ、私は微笑んだ。
「わたし、イリス・ルイです」
「んもうー嫌ンなっちゃうなあ。俺はエコー、よろしくね!」
エコー。あのギリシア神話のエコーだろうか。それにしては、どちらかといえばナルキッソスのほうに似ている気もするが。
「はい、よろしくお願いします!」
わたしは嬉しかった。何故だか、とても。嬉しかったのだ。


Baor Episode2
【The only greatness for a man is love someone】






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