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52








起床したのは午前6時。

隣には艶やかな黒髪を顎のあたりまで伸ばした美青年。寝るころは背中を向けていたけど、いつの間にやらこっちを向いて無防備に寝息を立てている。

早く起きていつものバンダナを装着してほしい。もしかしてアレは己の美貌を霞ませるために着けてるのか??悔しいけど整った顔してるな腹立たしいな。



さて、ここがどこかと言うと、




「こっちに寄りすぎだ…狭い…」
『お前ぜってー許さないかんな。』

「起き掛けになん……んふっ…」





悲しいかな、おれの自室である。



堪え切れなかったのだろう。聞いたことのないようなキモい薄ら笑いが露伴の口から漏れるほどの歓喜具合だ。

そしてそれに比例するかのごとく、承太郎さんをディスティニーアベックと信じて止まなかったおれの絶望もMAXである。(一刻も早く眠りに就きたい。こんな現実とサヨナラしたい)




「運命なんて儚いものだな…」

『それいま一番言っちゃいけない言葉だよ非道すぎる寝てやるおやすみ。』


「いまキミに寝られるとどうなる?」
『わからん。』
「そうか。早くに床に就いて正解だった、出掛けよう。」




聞けよヒトの話をよォ〜〜〜ッ!!!

お外に出てハッピーうれピーなお前の様子を拝みながら観光案内なんてできるような気分じゃあないんだよ!!!かといって一人で出歩かせるのはマズい。万が一書店にでも入ろうものならややこしい事になるし、そうでなくても一般人に“メッチャ岸辺露伴”とか言われたらコイツは待ったなしでヘブンズドアーすることだろう。

全部マズい。
だれだよコッチに連れてくるとか言い出したのサイコパスだよ少し考えれば分かることじゃんはしゃぎすぎだよはしゃいだ挙句ディスティニーじゃありませんでしたとか聞いてないよ天罰かよ。





「なぁ、」
『んっだよ!いまそれどキャアアア!!!!』



突如視界に現れたソレに脅かされ、狭い自室に金切声が反響する。
部屋の大きさ考えて声量調整する余裕なんてなかったすごくうるさい。

おれの目の前には全裸の岸辺露伴。四肢がスッと長く、小さい頭が少しアンバランスに見えるほどの恵まれたプロポーションである。ちんちんはそこそこ。


いや、ひとの部屋で突然全裸とか極まってんなァ?!





『怖すぎなんだけど… ハ……?』

「服貸してくれよ。」

『ヤダ…… お前いっつもパンツ履かないで服着てるの…?』
「そんな訳があるか。寝るときに履くと煩わしいんだ、わかるだろ?」



わからないよ……?
ガウン着てきたときに、まさかなって少し思考を巡らせたりしたけどそれを自分が想像したことにガッカリきて即刻考えるのやめたし、そもそも他人泊まらせるときまでパンツ履かないほどモラルを見失ってはいないと思ってたんだ。

そんな明け透けとちんちんをぶらぶらできる仲なのかおれたちは?
お前にとってはもうそんな認識なのか??
おれはちんちんを見せてもらってもっと喜ぶべきなのか???(だいぶ混乱している)




『なんで今日くらい服着て寝なかったの…?』




一糸纏わないまま会話を続けるのも居た堪れないので、誕生日に友人からもらった未使用のパンツ(詳しくは記さないが空港によく売られてる外国人観光客向けの柄)を投げる。
(もっと他にあるだろ、なんてワガママをほざいているのが聞こえたが、残念ながら未使用はそれ一枚なので無視した)

おれは適当にクローゼットを模索したのも束の間、そのプロポーションなら何着たって似合うんだろクソがと思い立って無地の白いカットソーに白いタンクトップ(乳首が透けたら可哀想なので)、そして黒い細身のパンツを渡した。





「正直、僕も期待していなかった。仮説をより確実にするため、くらいに考えていたんだがな。」

『おれもだよ!全部振り出しじゃん!運命じゃない!泣きそう!』





渡した服に袖を通しながら、いまだに少しニヤついている(ような気がする)漫画家。

昨日はブリスルに時間を戻してもらったおかげで、せっかく予定通りに起床して身支度をして出勤したおれの努力も空しく、バイトは休みになった。そしておれは余暇を有効活用しアナルマスターへの一歩を歩み始めたところだ。

ということはそう、本日はバイトなのである。
おれはこの世界で、コイツを監視することが叶わない。





『おれ今日バイトだから、適当に過ごしててよ。5時に終わるから、6時くらいには戻ってきてね。』

「聞いてないぞ。」
『言ってない。ガイドをするとも言ってない。』




この世界に、露伴たちがどういう形で存在しているか。
老若男女、一度は名前を耳にしたことがあるような名作なのだ。きっと街をひとりで歩けば、どこかしらでバレてしまうだろう。
まぁ漫画の登場人物だと分かったところで、実際に彼らの世界は存在しているのだから、自分はおとぎ話の人間なのか?なんて絶望する可能性は低い。


よく言うドッペルゲンガー見ると死ぬみたいな事態にさえならなければ、まぁ何とかなるんじゃあなかろうか!実物に鉢合うことはないのだし!





『あと露伴。おれ、一個ウソついた。』


「このタイミングで懺悔か?あまり聞きたくな」
『友達じゃないけど、こっちにも岸辺露伴は存在してる。』




そうおれは全てのハードルを下げて下げて下げて石橋を叩いて叩いて渡るタイプだ。
(じゃあ露伴を連れてくるなと思うだろうけど、俺もそう思う)

布石さえ打っておけば、何も知らないよりは衝撃も少なかろうし、おれを責める手も緩むってものだろうたぶん。



そんな下心満載で告げたネタバレを聞いた彼はというと、先刻まで虫取りに励む夏休みの少年のごとく瞳を輝かせていたのに、急に双眸から光を失い、口を真一文字に結んだ。そうして瞼を伏せて、ゆっくりと口を開く。





「帰してくれ。」





空耳だろうか。

あれほど勇気りんりん元気ハツラツ興味津々意気揚々だった岸辺露伴が、帰してくれ…?
そんな訳はない。これまで散々、執拗にせがまれてきて、この世界に来れたのだって棚からぼたもちもイイトコなのに、そんなこと言うわけ……




「聞こえないのか? 帰ると言ってるんだ。」

『ん…? こっちの世界のお前の家に……??』



「冗談じゃあないぞ――ッ!この岸辺露伴はな、己の信念に沿って生きている。どの世界に生まれようと変わるはずもない、僕という人間の生き方だ。この世界の僕がどんなヤツだか知らないが、その信念を邪魔しようってヤツは、たとえ自分であったって許せることじゃあないんだよッ!!」




肌がピリつくほどの剣幕で、唾液を散らしておれに声を浴びせる。

ヤバい。完全にプッツンしてる。
それよりヤバいのがコイツが何で憤怒モードなのか理解できてなくてヤバい。


なんとなくの理解ではあるが、別世界の自分に関わるのはおれのポリシーに反するぜ的なニュアンスだったように思う。
なにそれ同担拒否的な?(スパイダーマン読みすぎて別の世界軸の自分とか割とラフに接触するものだと思ってたおれも悪いのかもしれない)





『ゴメンな!よし、帰ろう!寝よ!』



だがしかし好機なりィ!!!!


願ってもないぜいますぐ帰してやる土まで還してやるぜイエエェヤッホー!
過去の過ちは許された…この世界には誰ひとり連れてこない、二度と。二度と。

当然だ、といまだお冠な岸辺の露伴は、おれの貸した服を脱いで大雑把に畳んでいる。そして下着一枚の姿で静止し、なぜかじっとパンツを見つめている。





「このパンツはどう返せば」
『ちんちんと触れ合った時からもうお前のものだよ。』




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