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『おはぉざす……』
「…おはよう。」
頭に難解な知識を詰め込んだせいか、どうにも快眠とは言い難いひと時であった。
とはいえ時間は待ってくれないので(いやおれの世界は待ってくれるのだけれど)、のそのそと起床しまず手始めに歯を磨く。
あの後、手始めにウォシュレットで尻の洗浄を試みた俺氏。
『あったか〜い…… これ…意味あるのかな……』
たしかに多少お湯が入り込んでそれを出すという過程はあったものの、心ばかりだったように思う。きっと出口だけはすごくキレイになった。
よく調べてみたら、ポンプがあるといいらしい。道具が必要なんて聞いてないぞ。
『やっぱりシャワーがやり易いのか?』
「ホースをぶちこむんですの!」
『そんなことしたら風呂場で中身がブリスルだよ。』
「ぶっっっコロがすんですの。」
この時おれは学んだ。いや、頭で分かってはいたので再認識したというのが正しい。
コイツを不用意にからかうのは決して得策ではない。おれは大きな犠牲を払わされる羽目になる。
『さようなら…… おれのガンプラ………』
小学校の自由研究で懸命に懸命に作り上げたその思い出は、先刻の考えなしな己の発言によって数多のプラスチック片へと姿を変えた。
ぬいぐるみ野郎に慈悲はないのか?
自分でガンプラ作ったことないからこんな真似ができるんだ… なんてむごい……
そうして悲しみに暮れながらプラスチックたちをひとつ残らず袋に閉じ込め、抱きしめて眠りに就いた午後3時。
『少しよろしいでしょうか。』
「えらく畏まるな。どうした?」
目が覚めて午後5時半を回ったところ。
歯磨きを終えたおれはかつてのガンプラが詰まった袋をテーブルに置いて、承太郎に声を掛ける。
なんだか数日離れてたような気分だ。
愛しさが湧き上がるのをせき止めて、顔のニヤニヤもせき止めて。身体を向けて言葉を返してくれる彼の両頬を手で覆う。
『口内環境を整えてまいりましたので、キスしても?』
「いただこう。」
ふと微笑んでおれの腰に手を回す。
おれはもっともなのだけど、承太郎もどんどん表情が弛んできている気がするぞ!すごいな恋って… 柔軟剤だな…(?)
椅子に座る彼に合わせて上体を屈め、触れるだけのキスをした。お返しと言うように再び接吻けられて、啄むようなキスを繰り返す。
時折、その分厚いくちびるの隙間から熱い吐息がこぼれ出ておれを掠めていく度に、じわじわと感情が昂ぶっていく。
『ン、ん……っ、』
完全に目を閉じきっていて接近に気付かなんだ。おれの左耳に到着した彼の手が、指の腹で形をなぞるように撫ぜる。
予期せぬ刺激に大仰に身体が跳ねた。
左の肩を竦めておれは彼の手から逃げんと身を離そうとするけれど、腰を引き寄せられてどうにもならない。ていうか最近耳掃除した記憶ないからあんまり触らないでほしい。(お風呂ではちゃんと洗っているよ)
こいつはイカン。
『ス、トォォーーーーップ!!!』
「……またか。」
はい今回もはっきりとストップです。
雰囲気を決壊させることに関してはプロ中のプロ。顔を天井に向けて高らかなストップ。一寸の躊躇いが事態を悪化させるのです… そう、全力でストップです。
『またですよ。そんな長くされたらちん◯ん勃つでしょ…』
「‥‥‥‥‥。」
『拗ねた顔してもダメです。』
明からさまに眉間を狭めるその表情も、おれとのキスを制止されてしてるのだと思うとただただ愛しいよキュン! 引き続きブッチュとかましたい…ガマンだおれ……ッ!
「おれはもう勃ってる。」
『もしかしなくても、ものすごく勃起しやすい体質です?!これまで女性関係大丈夫でした??』
「この歳にして初めての“おあずけ”ってヤツだぜ。」
『ッカァ〜〜!自慢ですよねェ!!どちらのレディも手招き状態だったってことですよね!』
羨ましい限りでェ!!!!
同じ男としてシンプルに妬ける。第一おあずけったって、たったの2日じゃんかよ! 生娘を相手取ったらこんなもんじゃ… ああ、このヒトに関しては生娘もウェルカムモードでむしろ早く抱いてくらいのスタンスなのか。
ちくしょう、その余裕ヅラを削いでやりたくなってきたぞ…おあずけ期間の延長を提唱しかねない精神状態だ。
「まぁ否定はしないが… そもそも此方に気持ちのひとつもなけりゃあ、勃つものも勃たん。」
『グッ……ずるいですよそうやって!落としてからアゲるのぉ!!好きになっちゃうでしょ!』
じゃあなんだ? 勃起率イコールおれへの愛ってえワケですかーーーッ!!
クゥ〜〜〜ッッ!!!!本当にずるいそんなこと言われて拒否できる人類いるゥ?!
ハッ…もしや常套句じゃあなかろうな……
原作にチャラさを彷彿とさせる表現はなかったし女性遍歴が一切わからない… まいったな今すぐ貴方と恋バナがしたい。
「好きじゃあねえのか?」
『メッッッチャすきです。』
半ば食い気味になるほど好きです。
望んだ答えが返ってきて満足げにしてるそのご尊顔もサイコーに好きです! お主もチョロよのぅ!!
『承太郎さん。』
「ん?」
しかしどちらにせよ人タラシだと思う。こんなデキるいい男、惚れるか憎むかどちらかだ。
かく言うおれも、ヒトとして惚れ込んだつもりがどういう訳か恋をして、これまたどんな訳だか成就して。触れてキスして、笑い合って。
先の話をするのは、正直おそろしい。
取捨選択を余儀なくされたなら、この人はきっと自分を選ばせはしないだろう。
けど、選ぶのはおれだ。
『話をしましょう。おれたちの、未来の話。』
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