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『離してください……』
「断る。」





このヒトはとてもとても聡い。

知ってた。知ってたけど甘く見てた。
音石のときイカれた洞察力発揮してたし頭キレすぎて怖いから出てってとか言われるくらいだし何があったの? 戦友の死がアナタを変えたの……?

それでいて元ヤンの風格隠しきれてないから時にこの時代の承太郎が紳士であることを忘れてしまう。いや、これは紳士的行動なのか…?






『ねぇもう大丈夫ですってば!』

「帰って早々泣き出すほど腹に抱えてるモンがあったんだろうが。行くなどころか寂しいとも言わねえホラ吹きの大丈夫は信用しねえ。」

『ホラなんて吹いてない!』
「なにが土産はあるかだ。吐くならもっとまともな嘘を吐くんだな。」






あっなるほど上手いこと取り繕われたことに腹を立ててるのね!ていうか拗ねてるに近いよねそれ!

おれってばポーカーフェイスがお上手なんだから…承太郎公認だぜヤッター!







さて、遅れ馳せながらおれの現状をご説明しよう。

承太郎はソファに座っている。
そしておれは承太郎に座っている。



後ろからガッシリと抱き竦められて両腕を吹き飛ばす他に逃げ場はない。(こんな説明の仕方だとブリスルが両腕を吹き飛ばしにかかりそうで怖いな)

大好きなヒトに抱き締められてハッピーじゃんと思うかもしれないが、おれは彼のフレーバーに包まれすぎてもう自我が吹き飛びそうなんだ。暴れ出したい。この状況こそ大丈夫じゃない!!!






『あんなキスした後に出て行かれたら、誰だって不安になるでしょ……』





自分から名前のない関係でいいなんて言い出したせいで、互いに好きだと言い合って口吻けを交わしたところで恋人という枠に嵌まることは出来ないんじゃあないかと思っているわけで。

そもそも家庭があり妻子があり、おれが望むポジションには空きがないわけで。

分かり切ってるからもうこれは不毛で、悪足掻きとか、無い物ねだりになってしまう。続けるだけ心が摩耗する行為だ。






『おれがアナタを引き止めていいはずないんです。分別はあるつもりです。」
「………。」

『けど、愛情にレスポンスがあると勘違いしそうで…いまもそうです。どうしても言葉にできる関係が欲しくなる。』






築いたように思えた新しい関係は、実はまぼろしだった。

たしかにそこに愛はあったと思う。
けれど、宙ぶらりんのまま真っ直ぐにヒトを愛せるほどおれは器用じゃなくて、それならせめて"片想い"と名のついたポジションに腰を据えたいのだ。



なんていうのは綺麗事で、ほんとは







「お前はおれの"愛人"にでもなるつもりか?」







ああ本当に、なんて聡いヒトだろう。

そうだその通りだ。愛人というポジションを設けられるのなら、おれはこの分別とやらを頼りにボーダーラインを与えられる。

いまの関係じゃあどこまで踏み込んでいいものか知れなくて与えられるままだ。不意に氷床が割れてしまいそうで、ひどく恐ろしい。








『やっぱダメですか?』




精いっぱい口角を上げたって、震える肩も手もこの距離じゃあ誤魔化せない。

つい先刻に押し戻した涙がまたせり上がってくるのを熱くなる目頭で悟るけれど、今度は零してくれるなおれよ。

目線を天井に向けるのだ。一筋たりとも流してはならんぞおれよ。












『ア"ア"ア"ア"ア"ア"ーーーッッ!!!!!』





突然の衝撃に溢れていた涙がぼたぼたこぼれ落ちる。

承太郎がおれをホールドする腕に並々ならぬ力を込め始めて待って殺されるのかおれ殺されるのか心なしか骨がミシミシ言ってないかマズい内臓出ちゃう!!!!

ゴリラに殺されるってこんな感じなのだろうか。いや、殺め方で言えばアナコンダといった感じだ。しぬ。







「妻と別れた。」
『ア"?!!』

「もともと、こちらにいる間に離婚届が届いていた。それを渡しに行ったんだ。」






どんな顔でそんな話をしてるんだ。

特別悲しそうでもない声色で、ただ報告というように言葉が並べられる。




『(なんてこった。)』




おれはとっくに彼の未来を捻じ曲げていた。

離婚はこんなに早い段階ではなかったはずだ。このヒトの事だから、おれがきっかけだとかその場の感情で動いたのではなく、考えて考えて断腸の思いでそうしたのだろう。

それでもおれがこの世界に来たという事象で、既にすり替わった未来があるんだ。





決められたはずの未来が変わる。
おれはこの世界に介入できる。

それって何だか、ここに存在していてもいいって言われてるみたい。…なんてのは、都合が良すぎるだろうか。







『…お子さんには、会えましたか?』




彼の言葉といっしょに腕にかかる力もほろほろと抜け落ちて、もう膝に置かれるだけになった。

短く吐かれた息がおれの後頭部に当たる。





「ああ…お前にもらったチンアナゴをひどく気に入ってな。ずっと抱いていた。」





それは溜め息ではなく微笑みの吐息。

上体を捻らせてようやっと彼の表情を横目に覗き見ると、そこには愛しげに双眸を細める父親の顔があった。

本当にこの空条承太郎とかいう男は、自己犠牲を問わなすぎる節がある。大いにある。
何でもヒトのためヒトのためなくせに表ではそう見せないなんて、とってもグレートだけど限度があるぞ!聖人級だぞおまえ!






おれは立ち上がって承太郎に向かい合う。

能面を貼り付けたような真顔に戻っておれを見上げる彼の両頬に手を添えた。ぶにっと。





「……なんら。」

『お疲れさまのキッスをするんです。』

「ほう。しろ。」





しろってなんだよかわいいなぁ…!

すぐに目蓋を下ろしてスタンバイモードの承太郎。ッツァーー!これがキス顔ってやつかーーーッ!!美しすぎますゥッ!

いかん緊張してきた。童貞かおれは。
大丈夫かな手汗かいてないかな心臓のポンプが大暴れしてる鼻血が出そうおれホントこのヒトのこと好きすぎないか顔見てるだけでドッキリドッキリドンドンて乙女にも程がある……




「遅え。」






大きな掌がおれの後頭部を鷲掴みにして、彼とおれの距離が一気にゼロまで持ってかれる。

薄く開いた目蓋の間から覗くエメラルドグリーンと目が合って、瞬間すこし弧を描いたように見えた。(何でキスのときに目開けてんだ童貞かって思われたんだろうか)

おれが焦りに吐息を漏らした口の端からぬるりと舌が進入し、前歯の歯列をなぞってからおれの舌を絡め取っていく。
鼻呼吸が間に合わなくて空いた隙間で口から空気を求めると非常〜〜ッにはしたない声が出たので、恥ずかしくなって咄嗟に彼の肩を押した。







『っんで舌を!!入れるんですか?!』

「舌くらいでエロい声を出すな。勃った。」

『またかヨォォ〜〜〜ッ!!!どうして不屈の精神力をお持ちなのにそんな易々とちんちん勃っちゃうんだよぉ!!
しかも舌くらいってなんだよ他に何を入れんですか?!』





おれが鼻息荒めに問いを投げると彼は黙ったままゆっくりと、ゆっくりと目線を下に向けた。

長い睫毛を伏してダビデもお手上げな美しいご尊顔が向ける視線の先には、股間の丘……いや、山が。






『へっへへへ、ヘンタイ!!!おれ達そういう関係じゃないでしょお?!』

「"恋人"ってえのは、そういう関係じゃあないのか?」



『こいび………』
「生憎だが愛人を作るような趣味はねえぜ。」






恋人? だれが、だれの?

承太郎が、おれの、恋人?
おれが、承太郎の…恋人?






「何を豆鉄砲喰らったようなツラしてる。テメーに初めて舌を捩じ込んだ時から、おれはそういう関係だと思ってたぜ。」

『くるっぽー………』

「互いに半端な関係でいられるタチじゃあねえだろう。だからこそ解せねえ…何だってテメーのソレは無反応なんだ。」






じゃあなんだ。あの時の承太郎は生理的に勃起したわけじゃなく、キスでおれに欲情したからだったってわけか。

俄かに信じがたい…いや、俄かにどころじゃない信じられない。これまで性の対象が女性オンリーだった人間が、恋愛感情ありきだからって急に男にまで欲情できるものなのか?

まるで当たり前のように、お互いそっちは変わり得ないと思ってた。だっておれたちが産まれたまんまの姿になって触れ合……





『うおぉぉあああぁああ!!!!!!』



「そうしねえと勃たねえのか?」
『どんな性癖ですかおれは!!!へ、変な想像しちゃって…あの、ちょっとあっち行ってて、いや、おれが行きますすんません。』






おれは踵を返してバスルームの方向へ足を進める。否、進めようとした。

のに、強く手を引かれてバランスを崩し、そのまま彼の膝に逆戻りだ。
今は、今だけは勘弁してほしい。本当の本当にヤバいマズい腕を吹き飛ばしてでも逃げるべきかもしれない。

マズいんだ。語彙力が抜け落ちて他に伝えようがないくらいマズいヘビーすぎる確実に寿命縮んでるマズい。







「…名前。」



耳許で、低く名前を呼ばれる。

掠める生暖かい吐息は故意に違いない。





『じ、承太郎さん……も、申し上げにくいの、ですが…ケツに、あの、アレが、』

「おれ達が互いをセックスの対象にするのは普通のことだ。悪いことなんてねーんだぜ。」




子供をあやすような優しい声でゆっくりと言葉が紡がれ、おれの鼓膜を揺らす。

アアアなんて事だよチクショー聡すぎる!承太郎じゃないおまえはサトシだ!!おれさえ分かってなかった事を、どうしてそうも解き明かしてしまうんだ…





このヒトの性の対象として見るなんて、あってはならない。

おれの想いはあくまで友愛や敬愛であって、そんなヨコシマな想いであるはずがない。仮にそんな欲望を彼に抱いていたことが知れたら、心底不快な気持ちにさせるだろう。

モラルが、常識が、違和感ひとつなくおれにそう思わせた。





とっくに友愛じゃあ足りない。
キスをしたいと思った時点で、言い訳なんてできやしなかったのに。








「考えろ。想像しろ。おまえは、おれと、セックスをするんだぜ。」




寄せられた口唇が軽いリップノイズを奏でて耳たぶに押し当てられる。擽ったくて身を捩るけれど、気にも留めていないように次へ次へと触れるだけの口吻けが降り注ぐ。

耳から頬へ、顎へ、首筋へーーー…















『ストーーーーーーーォォップ!!!!!』







はいここでストップが入りました。

色気がない? 本番はこれからだろうって?
相手は誰だと思ってるんだジョースターだぞ普通の人間相手にするのとワケが違うんだよ感情の洪水でおれの涙腺も大洪水寸前だよこれ以上は無理。無理なの。





『離してください。』
「断る。」




定型文なのかそれは。

なぜ分かってくれないのだサトシ。おれはもう完全敗北を喫したのだ。おまえの勝利だよ分かるだろサトシ。







『……勃ったから…、離して…………』





おれが消え入りそうな声でそう告げたとき、彼がどんな表情をしていたのかは分からない。

ただ、尻に押し当てられている彼自身がピコンと反応を示したのだけは分かってしまったのであった。




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