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『なぁブリスル… 記憶って、何日間まで巻き戻せんの。』






確固たる意志があったわけじゃない。

ただ、もし約束の日を迎えても彼がこのままおれに縛られて行動しなくちゃいけないなら、そういうのもアリなのかなって思っただけなんだ。







「記憶くらいなら、母親の胎内まで戻せますの。」

『お前好きねそのフレーズ。』






ベッドの端に腰掛けるように姿を現したブリスルは、足をパタパタさせながら少し浮ついた声で言葉を返す。

楽しんでるだろテメーおれが苦悩しているいまこの瞬間が楽しくてしょうがないんだろ!!無表情でも声色に出てんぞ性悪クマ野郎ッ!






『ちなみにおれの記憶だけキレーに抜き取るってのは、』
「そんな都合の良い話あると思いますの?」

『ですよね!』





ンッッだよヘブンズ・ドアーより使えないじゃねーかよ時間巻き戻せるだけってなんだよ文明の利器を持ち込んで始皇帝にでもなればいいのかアァン?!

と心の中で罵声を浴びせた刹那、ブリスルがおっさんみたいな声で「あ?」と零したのをおれは確かに聞いた。

(こいつの中身実はおっさんなのでは。)







「思い出を携えてひとり孤独に生きていくつもりですの?メンヘラなんですの?」

『お前の地雷の踏み抜き方ほんっとに容赦ないよね。』





居た堪れなくてしょーがないんだよォ…

おれどちらかと言えば図々しいタイプだけど、こんなに真っ直ぐヒトのこと好きになったの初めてだし迷惑掛けてんのスゲー分かるし申し訳なくて申し訳なくて…!






「だったら、全部戻せばいいんですの。この世界ごと。」

『え、できるの。』

「一週間やひと月位ヨユーのヨシカゲですの。お好きなだけひとりで同じ時間を繰り返すがいいんですの。」






ヨシカゲはやめなさい。おれがプライベートで口滑らせたらどうすんだ。…にしても、さっきからひとりひとりってさぁ!

わかってるよおれだって記憶を消そうが消すまいがきっとこの思い出は承太郎の中でなんてことない少し変な日常の端っこでしかなくて、おれはきっと後生大事に引き摺って歩くんだろうなってわかってる。

自覚したのなんてついさっきのくせに、どんどん怖くなる。全部棄ててしまいたくなる。






愛されたいなんてエゴを、彼に知られたくない。

返ってくるはずない感情を告げるのは割り切ってるからだと、そしてあくまで友愛だからだと、そう思っていてほしい。








「マスターを想うも想わないも、この方の自由意志ですの。この方に意思を問わないことこそ、エゴではありませんの?」



『…むつかしーこと言うなよ。』

「わかってるはずですの。ぼくは、マスターの心ですの。」





募って、募って、足場がなくなってしまうのが怖い。

身動きが取れなくなって、後ろさえ向けなくなるのが、この人しか見えなくなってしまうのが怖い。

報われない感情がお構いなしに膨れていくのが、堪らなく怖い。






『それにしたって、途中放棄はサイテーだよなぁ…』





逃げるなおれ。

なに都合のいい能力手に入れたからって振り翳して好き勝手しようとしてんだ。だったらもっと承太郎に役立つことに使えバカ!

あ〜〜〜クソ、赦されたい。
気持ちなんて返ってこなくたっていいから、好きでいても良いってただ一言、この救いようのない想いを汲んで欲しい。





『好きでいても、いーでしょか…』





乙女真っ盛りのおれは腹部に回されている承太郎の手におれのそれを重ねて、ぽっそりと呟く。



目の前のブリスルがその様子を見ながら事もあろうに鼻をほじっている。いや、突っ込むような鼻や指の構造もないので正しくは鼻をほじる素振りを見せながら、犬も喰わねえなという表情を作り出している。

ホント何なの?誰か見てると思ったらおれだってこんな事しないけど、お前あっち行ってろとか無理じゃん?だったら黙って姿消しとくとか出来ないの??





後ろで寝ている彼の顔は見えないけど、一定のテンポで繰り返される寝息が耳に届…






『(届かない…だと…?)』



ウソだろ!死んでる…ッ!

じゃない起きてんの待って起きてんの?!見えない見たい見たくない寝息が穏やかすぎて聞こえないだけだよね?イケメンって寝息までイケてるから困るよなァ〜!








「…好きにしろ。」
『キャアアアッアアウガーーーッッッ!!!!!!!』





やだやだやだやだやだやだやだ

ムリムリムリムリムリムリムリ





『ブリスルオルァ!!!!戻せ!いますぐ戻せ1週間戻せすべて無に帰せ!!!!』

「………。」

『おい消えんな出てこい出てきてくださいむしろおれを消して…ここから連れ出して……』





消えたい… 悶々と自問自答してたつい数分前より遥かに時を戻したい…

うちのスタンドの気が向かないと能力発動してあげない感じなんなの… いや軽率に発動しなくて助かってはいるけどそれってスタンドなの?たまに手助けしてくれるオッサンじゃないの??






『いつから起きてたんですか…』

「仗助が部屋に来た辺りか。」

『タヌキ寝入りッ?! おかしいと思いましたもん承太郎さんがあんだけ会話飛び交って目ェ覚まさないとか!おかしいと思いましたもんね!!!』





あそこで寝たふり必要あった?!
スッと起きてスッと仗助に事情説明なり誤魔化すなりしたらよかったじゃないお陰で人生でも類を見ない恥ずかしさに見舞われてるよ逆ギレ寸前だよォ!!!






「うるせェ……」

『おっふ…!』





ヘェェェ〜〜〜〜イ!!!!

何を思ってか何も思ってないのか腰に回されてる腕に力が篭もって、おれは承太郎にぎゅっと抱き竦められている。ぎゅっと。

彼の香りに包まれてるどころか彼自身に包み込まれておれのキャパシティは秒で許容範囲を超え、背中に押し付けられるムチムチの胸筋が思ったより柔らかいし、もう、もう………








『勃起しそう。』

「………。」




防衛本能さながらに素早く、おれを拘束していた腕が引き上げていく。

幸せだとか思ってる余裕なんてなかった。いやむしろお前何してくれてんのっていう一抹の怒りすら湧いた。



仮にもね?おれは承太郎に対して告白してるわけで、あなたはそれをお断りしているわけでね??
だったらそれ相応の距離感ってものがあるのわかるよね? チャラいのかなもしかして??







『冗談ですよ… さすがに同性相手に勃ちません。』




どうせ布団に入ってくんのなんて奥さんか徐倫くらいだから腕回しちゃったんでしょ。自惚れたりしないしねおれ。




あ〜〜〜マズい… 大いなるキャパシティ超えで普通に手が震えてきた。

こんだけ果敢に攻めておきながらどの口が言うんだって話だけど、おれ恋愛対象として承太郎とどうこうなれるとか夢にも思ってないのにそれを次々と現実にしていくから、河童とツチノコが交配した末にチュパカブラが産まれたくらい信じがたいの。受け入れきれないの。

何なんだよ何考えてんだよこの人〜〜ッ!













「戻れると思うか? あと数日で。」







いままで、彼が決して問いかけなかった、おれたちの中にずっとあった疑問。

それを投げたのはきっと、おれの世界を一緒に歩いてもこれと言った糸口が見つからなかったから。






『戻れますよ。』



おれの嘘に気付いてもいい。



『なんとなく、戻れる感じがしてるんですよ。当事者じゃないとわからない何かしらの予感があります!』



騙されていてください。



『黙って急にいなくなったら、戻ったってことです。』









「……そうか。」



表情のわからない相槌が降ってきたところで、おれは身体を起こして彼に向き直る。そこには特に何の感情もない顔したイケメンが目を瞑っていた。





なんとも無防備だ。こんなのキスされたって文句言えなくない?!

って一瞬おれの中の欲望が湧き上がったけど冷静に考えたら目を瞑ってるだけでキス待ちとか頭おかしすぎるから成年向けのエロ本は総じて頭がおかしいし、おれもそれに毒されている。
あんなのただ自分がキスしたい時にたまたま目を瞑って静止してるから良い様に解釈してるだけじゃねーか!クソッ!

最近ちゅーしたい頻度が多いぞ。
しないけどおれ片想いだし、しないけど。






『ほらまだ昼ですし起きましょ!』

「たまには一日中寝腐れと言ってたろう…」




あら珍しい。

プチ時空旅行で疲れたんだろうか。いや実際疲れるよな、朝起きたら異世界にこんにちはして朝っぱらから水族館行きつつ排便クマやろ……(ベットの縁からものすごい圧力を感じる)…ブリスルとも一悶着あったし。

どうりで仗助との会話に入ってこなかったのも頷ける。どうかゆっくり休んでくれ。






『おやすみなさい……』





どさくさ紛れに髪をそっと撫で付けてみた。
少し擽ったそうに口角が上がって、すぐに寝息が聞こえ出す。



なんなんだこの愛らしい生き物は。ありとあらゆる人類を虜にするために生まれたのか?

本当にキミたちジョースター一家が総じて腕っぷしに自信があってよかったよ…そうでなきゃ幼少期から変態共にトラウマ植え付けられてエラい事になってた。(こんなエロ同人みたいな想像が容易いほどに魅力が溢れすぎている事をお伝えしたい)








『(さてさて、今のうちに…)』




ひと仕事してこなくては。

なるだけそっとそ〜っとベットから下りて、そ〜〜っと顔を洗って歯を磨いてお着替えして。抜き足差し足忍び足、おれはホテルを後にしたのでした。





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