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一向に共喰いを始めないクリオネ観察にも飽きがきたところで、未練のひとつもなく流氷のエンジェルに背を向けて俺たちは歩き出した。

前方は曲がり角。
その先から少しだけ、水色の光が揺れ動くように差しているのが見える。



ああ… あの光、嫌な予感がする。









『おれ、サメきらいなんす… 』





顔は凶悪すぎて見てるだけでゾワゾワしてくるし、つぶらな瞳がかえって不気味すぎるし…

急にどうしたと思うかもしれないが、俺はあの光の正体を知っているんだ。
ホラ水族館でよくあるじゃん、トンネル型の水槽にちっこいお魚からサメやらエイやらイルカやらぶち込まれてるやつ。



悪意しか感じないよ…

悪意しか感じないッ!(大切なことなので)








『どこ行くんですかァ!』
「うるせえ早くしろ。」

『アッ、雑! 扱い雑だなあ〜〜!』






死んでもそのトンネルは潜りたくない。

俺はもうひとつ知ってるんだ。
どうしても怖くて通れないヒトのために、ちゃんと非常経路が用意されてるってことなァ!










という遣り取りをかれこれ5分は続け、そろそろジェントル承太郎マンも痺れを切らしてきたところである。






「俺は、サメが好きだ。」







好きだ… だと…


ドが付くほど愛情表現に乏しいあの承太郎が、ドが付くほどストレートにラブを言葉にしちゃうくらいサメを愛しているというのか。

俺にはそんな言葉、天地がひっくり返ったってくれないくせにッ!

だったらもうスタープラチナじゃなくてシャークスクアーロとかにしなさいよ! アンタなんかシャースクよッ!








『俺とサメとどっちが』
「サメだ。」

『ですよねーー!』







こうなったらもう二択しかない。

彼と共にこの地獄のトンネルに足を踏み入れるか、彼をひとり置いて避難通路を歩くか…






前者を選べば、まず忘れることのできない思い出にはなる。

俺はそもそも承太郎と思い出作りをしたくてリスクを冒してまでこの世界を出歩いてる部分は大いにあるし、願ったり叶ったりなんだけどな。

サメさえ居なけりゃあな!(半ギレ)







逆に後者を選べば、騒ぎ立てる俺の世話をしなくていい分、承太郎がダイスキなサメたちと存分に戯れることができる。

大変悲しいことではあるが、その方が彼は俺も人目も気にせずに心からこの空間を楽しめるのかもしれない。





ヤダアアそんなのってないよォ!

俺は承太郎がいないと水族館なんてそこらへんの川と一緒だよォォ〜〜!!








『俺も愛してくださいよおおお!』

「やかましいッ! 愛してやるからさっさと歩かねえか!!」




『ファッ…?!』










おれ、赤面。



ぜったい耳まで真っ赤だ。
全身熱い。燃え盛るように熱い。

愛してやるってアンタ…
いや、俺が愛してくれって言ったんだけどそれにしたってアンタ…!







『スミマセンでした… 歩きます… 』







好きなんて言ってもらえないと嘆いていたはずなのに、急にそれを超えた言葉のご褒美をいただいて恥ずかしくて堪らない俺は両手で顔を覆い隠した。

こんな茹でだこフェイス見られたくないし、俺がこんなガチの反応してるのを目の当たりにしてしまった承太郎の顔を見るのもコワイ。




指の隙間から前方を確認してそそくさと歩き出す。

もうサメとか気にしている場合ではない。









『 ‥‥‥ 。』

「 ‥‥‥‥ 。」






何とも気まずい沈黙の中で、俺たちの靴を鳴らす音だけがトンネルに響いている。

(こんな時に限って観光客のひとりも居やしない。が、ヒトが居たらサメ怖い歩けないなんて駄々はこねてない)







これが売り言葉に買い言葉というやつか。おそらく承太郎もあんなこと言うつもりさらさらなかったんだろうな…

ただ行く行かないのイタチごっこに堪忍袋の緒が切れたのだろう。
そしてそのタイミングで俺がまた求愛行動を取り出して、挙げ句の果てに間に受けたように赤面なんてしてまって。












『…弁解しときますけど、』





この気まずい空気は俺が乙女さながらの反応を見せてしまった所為に他ならない。

そして彼はいま、おそらくある疑問を抱いている。







『俺、ゲイじゃないですからね?!




彼女ずっと居ないからって女のコに興味なくなったわけじゃないし、いままで承太郎さんって愛情表情が不器用なヒトなのかなって印象だったから思いがけない情熱的な対応にビックリしたのと、ホラ!承太郎さんみたいなイイ男にそんなこと言われたら誰だって否が応でもドキドキしちゃうんですッ!自然現象なんです!アイアムアストレート!

ゼハーー…ッ! ヒュー…ヒューッ…』






一呼吸のうちに言いたいことを全部言ってやった一度も噛まずに言ってやった!!

酸素を求めて肩で息をする様を、承太郎が豆鉄砲を喰らったように見ている。







俺のいままでのラブコールが、全て下心込みのものだと思われたら冗談じゃない!

純粋にリスペクトしてるし、慕ってるし、いい匂いだし、外見も内面も文句ナシに男前だし… ぜーーんぶ引っ括めて、それ故のラブコールだから!

手を繋ぎたいとかキスしたいとか抱きたいとか、そういう邪(よこしま)な気持ちは一切ない…













『(ない、よな…?)』











ん…?!






なんだこの疑問符。

なんで浮かびやがったこの疑問符。









『なッ、ななな、ないに決まってるでしょ?!!?!』







浮かぶはずのない疑問符の発生に、心ッ底動揺している!

知らず知らずにイケナイ気持ちまで俺の憧れとか尊敬の念といっしょに生まれてたのではと、自分を疑い始める。





疑いという時点で真っ向からその疑念を否定しきれない自分がいることを初めて知って、俺の脳みそは考えることを辞めたがってるけど、俺は脳みそをフル回転した副作用なのか猛烈にトイレに行きたい。

とてつもない尿意だ。








「そんなに動揺されたんじゃあ、“わたしはゲイです。” ってェ言ってるようなモンだぜ。」

『ちが…っく〜〜〜! ンンン!』

「くねくねするな。」






それどころじゃないんだよ。

俺がゲイだとかそうじゃないとか少し考えたら分かるじゃんゲイなわけないじゃん!

分からず屋ァ!
ンンンン〜〜! もじもじィ〜〜〜!!!(凄まじい尿意)








『トイレ行きましょう!』

「…何のつもりだ。」

『あの待って本気で警戒してます? 本気でケツ狙われてると思ってます?』






俺と承太郎の信頼関係ってそんな脆く儚かったの?

でも思えばこっちが勝手にあれやこれやと彼のことを知りすぎてるだけで、承太郎からすれば異世界からいきなり降ってきたゲイだよな。





って、ちがうゲイじゃなーーーァァいッ!





もーーー! 元はと言えば承太郎が俺をからかうからだ!
(俺のはからかってるワケではなくただ一心に愛を伝えようとしているだけなので悪くない)

承太郎を抱くとか抱かれるとか考えたこともないし、ムキムキ筋肉プレスで挿れても乗られても色々潰されそうだし考えたくもないし考えちゃった… うっうっ…





俺はサイコーにおこだぞーーッ! ジョジョ〜〜ッ!!

(腹立って大のほうもしたくなってきた)











『いい加減に抱いてくださいよッ!!』







襲い来る尿意と便意が俺をゲシュタルト崩壊させた。

彼は頭を抱え「ヘビーだぜ…」と小さく呟き、俺は腹を抱えてトイレへ逃げ込んだのだった。




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