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平日のこんな朝方に水族館なんてくるのはほぼほぼ観光客で。それも外国人ばっかりだし、人数だって知れてるんだけど…
「 Exquse me... 」
「 Mi scusi... 」
「 対不起... 」
まーー声掛けられる掛けられる。生きた彫刻だからな、そこいらのモデルとか比じゃないからな。
わかる、わかるけどさァ!!!
もともと人が好い彼は、素っ気なくも逐一ヤジウマたちに反応してくれる訳で…せっかくふたりで水族館に来れたのに面白くないな、なんて
『(彼女かよ俺は)』
俺は全くもってどこの国の言葉で声を掛けられてるのか理解できないもんで、相手方の顔を見て漠然とイタリアかなとか韓国かなとか、巻き舌多いからフランスかなとか、答えのもらえないゲームに勤しんでいる。
当の承太郎はというと、何ともデキるオヤジである。
流暢に彼らの国の言語らしきもので言葉を返すものだから、まーー喜ぶ喜ぶ。
考えが甘かった。
変装くらいさせておくんだった。
『すみません!プライベートなので!』
承太郎を魔の手から守るべく、突如としてマネージャー業に徹する俺。
彼の手をムリヤリに引いて、深海生物が集められた薄暗いフロアへと移動する。ここなら承太郎の色香に当てられる客も少なかろう。
『…ごめんなさい、割って入って。』
彼女まがいに嫉妬心を撒き散らしてゴメンナサイ。
彼女ならまだいいさ!
会って3日やそこいらで恋人ヅラですよ!とんだ地雷ヤロウだよ!!(欲望のままに動いてしまった自分への自己嫌悪が止まりません助けてください)
「いや、構わない。
寂しい思いをさせたか?」
『さ、ささ寂しくないですよ! 俺ほら、この、グソクムシが大好きだからもう早く見たくてうずうずしちゃって』
「男の嫉妬は醜いんですの〜。」
『黙ってろブスリルゥッッ!』
「キィーー!ブスじゃありませんのーーッ!!!」
キィーーwwww
ハンカチ噛み締めてる感が強いヨォ! お嬢さま言葉といい感じにマッチするからホントやめてほしい。
お前の性別がわからなくなってきた。
いやでも男には男のスタンドだよな… お前を俺の精神エネルギーの具現化とは思いたくないレベルでメスっぽさ出ててるよ悔い改めて…!
「オオグソクムシか。
身を守るため口から悪臭を出すそうだ、調理してやると気にならねえがな。」
『えっ、こいつ食えるんですか。』
「本来食用ではないんだろうが… エビとカニを足して割ったような味だぜ。」
さすが、お詳しい!
グソクムシに関しての食レポが入ってきたのは予想外だったけど、承太郎のガイドのもと水族館を見て回れるなんて…至福であるぞォォ!
俺は弛みだす頬を戒めるようにぺちぺちと叩いて、何でもないような顔で相槌を打ってみせる。
『わ、見てください承太郎さん!このクラゲめっちゃ光ってる!』
ふとやった目線の先には、カサをキラキラと発光させて漂うクラゲの姿。
幾つもの虹色の光が水中を照らしている様はイルミネーションさながらで、その姿に魅入られ思わずぽっかりと口が開いてしまう。
「口、開いてるぜ。」
すっと承太郎の長い指が俺の下唇に触れる。
突然の感触にそれはそれは驚いて、目ん玉を丸めながら大仰にビクついてしまった。
なんなの…!
ナチュラルにチャラいけど、ただただ承太郎が紳士すぎるが故の行動だって分かってるから反応した自分が恥ずかしいじゃないの!
本来くちびるってそんな気安く触れていい場所じゃないからね!? こちとら尻撫でられたくらいの感覚だからね?!!
『ヨダレ付きませんでした?!』
「そのくらい気にしねえさ。」
『付いたんです?!! 拭いてください!洗ってください…!』
「テメーのよだれは硫酸か。
付いていないから安心してくれ…」
ほああ…!
承太郎の美しいおててを、俺の酵素たっぷりの唾液で汚染してしまわなくて本当によかった…!!
(ヨダレ付けちゃったら気まずいし恥ずかしいし救われない本当によかった)
しかし、彼が何の気ナシにとってくれた行動のせいで、俺が妙にドギマギしてしまっている感が非っ常〜〜に否めない。
平常心、平常心だァ…!!
ヒヒッフー…!
『アッなにこれ助けてムリ!
なにこれ!NO!ヒィ!』
深呼吸で自分を取り戻しつつあった矢先、おれは見てしまった。
何メートルもあるちんこらしきモノがバネのようにトグロを巻いて、互いが絡まるように幾つも存在している。
ちんこらしきモノを辿ると、どうやらひとつの個体のようだ。真ん中でくっ付いていて、さらにその中心はケツの穴さながらに窄まっているときた。
(伝え方に悪意があると思われるかも知れないけれど、そのくらいのキモチ悪さなんです)
ンッヒィィィ…!
『ムリ… おれコレむりです… 』
しくしくとトグロちんこから身体を背けて後ろにいた承太郎に向き直る。
ここ水族館だよ?!
結婚したら子供連れて家族みんなで来たい場所ナンバーワンと言っても過言じゃない水族館だよォ?!!
「タコクモヒトデじゃねえか!」
ンンン〜〜〜??!
今日イチ… いや今までで一番デカい声聞いたけど何事かな!?
顔を上げた先には切れ長の双眸を倍くらいに見開いた承太郎の姿。
そんなにつぶら瞳のキミは初めて見るよ… ブリスルに腕吹き飛ばされても声ひとつ上げなかったのに、何がキミをそんなにエキサイトさせるの…
『お知り合いですかこのトグロちんこ。』
ヒトデって言いました?
このトグロちんこの正体はヒトデなんです??
「サンゴなんかに絡み付いてる深海のヒトデだ。生きたままこうして展示されてんのは貴重でな… 」
わあ、すごく嬉しそう。
キミが幸せなら俺はなにも言うことはないさ…
そのトグロちんこ(さっき正式名称を言ってた気がするけど、まるで頭に入ってこなかった)を凝視してるのは絵面的に些か頂けないけど。
俺はもうその生物が視界の端に入ることすら許しがたいから、お前を置いてイルカショーを観に行く。
一向にトグロちんこに釘付けの承太郎に背を向けて俺はそそくさとイベント会場へ。
見知らぬ土地でひとり彼を残していくのは心が痛むけど、可愛い子には旅をさせよ…! クゥ…ッ!
『ブリスルは承太郎さんの傍にいて。 あの人が自分の世界から戻ってきたら、俺はイルカショー観に行ったって伝えておいてね』
「傷心に耽っているんですの?」
『さっきから俺への対応に優しさを感じないよね。違いますヨ。』
構ってもらえなかったから拗ねてるとか、そんな訳じゃないんだよ! 何度も言ってるけど俺はケツの穴のデッケェ男だから、そんなくらい気にも留めないし?!
ただ、ただちょっとだけ、俺がいなくなって心細いなとか思ってもらいたいなんてエゴが生まれてしまって。
『(くそー、性格わるいぞ俺!)』
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