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『ぴったりですね。』
こっちの世界の外を見たいと言うもんだから、シルクのパジャマを脱いでクローゼットにしまっていたデカいワイシャツを着てもらった。パンツは遥か昔に腰に下げて穿いてた大きめのデニム。
(丈が足りないので折らせましたちくしょう)
何着てもカッコいい、本気でカッコいい。きっとプリ○ュアとか魔法少女な服着てもきっとカッコいい!!
「誰のシャツだ?」
『ああハイまぁあの…俺の、ですよ。』
ああやめてッ!やめてその怪訝な顔をやめてェッ!!
俺だって人に言えないワイシャツの一枚や二枚…いや二枚も持ってないけど。そう言うのがあるんだよッ!こっち見ないでよォ…!
『それは、その…太った時用の服が一着もないのは変かなと思って…』
「テメーが変だぜ…まぁ役に立ったがな。」
ぶぎゅううぅッ!そんなハッキリ言わなくてもいいじゃないか!!(ショックのあまり虹村家パパのような奇声を発したことを深くお詫び申し上げます。)
本当のことを言うと、いや、確かに俺のワイシャツなんだ。でもデブ用はさすがに真っ赤な嘘です。
彼女用、でしてね‥‥‥
彼女がいるのかいないかと訊かれると…イマセン。
ただ、あるんだよ男の子はッ…たくさんのロマンを持って生きてるんだ!
彼女にぶかぶかのワイシャツ着せてあわよくば下着とかそのまた向こう側が透けたらいいなとか…!!夢じゃんッ!堪んないじゃんッ!!
『あとは、黒のベルトも締めて行きましょう。何なら向こうで買って着替えても構わないですから』
「いや、いい…ベルトは借りるぜ。」
今更ながら、承太郎に帽子がないと変な感じがする。
帽子と一体化するラブ・デラックス顔負けの髪の毛のくせに、見れど見れど普通の髪質。脳ある頭皮はハゲをも隠すって感じの…ああ、ハゲではないか。
「何見てんだ。」
『承太郎さんを主に。』
「…見るな。」
『ほんとカッコいい。』
「話を聞け。」
まじまじ見てもカッコいいな。こんな動く理想の男性像と一緒に街中歩くなんて軽く拷問になるかもしれないぜ…
いいんだいいんだ。
苦痛に感じたら急に姿を眩ましてやるんだ。土地の解らない承太郎はせいぜい慌てるがいいッ!!
…ん、でも承太郎は悪くないのか。いやイケメンは重罪だ、皆それなりの報復が必要だ。どうせ普段ちやほやされんだろ!クソッ!!
そう心中穏やかでない間に彼はベルトを締め終えて従順なわんこのように俺を待ってたので、先のイケメン冷遇大作戦(僻みとかじゃあないんだよ僻みとかじゃ)の決行は取り止めた。
仗助か露伴にしよう。承太郎には世話になってるもんな…恩を仇で返すところだ、危ない危ない。
『この時代シートベルト義務化してるんでお願いしますね。
さて、行きたいとこあります?特になければ朝飯からって考えてるんですけど。』
「この時間に飯屋がやってんのか?」
『あー、言っても24時間営業のファミレスとラーメンと…あと寿司屋程度ですね。』
さっさと家を後にして車に乗り込む。
軽自動車じゃなくてよかった…絶対承太郎の頭ぶつかる。それはそれでその後、頭の天辺にクセついて平たくなった地毛帽子みたいな姿見たかったけど。
ああでもこう首をクイッと傾けて乗るのが普通か!それでクールな顔して会話続けるとかウケ…スミマセンお世話になってます。
『あ、ドライブスルーって手もありますね。それなら運転しながら食えるし』
「だったらマックだな。」
『ブッフォァ!!』
「――…ッ!真っ直ぐ走れ危ねえだろッ!!」
『スミマセンスミマセン!!ぶ、クク…ま、マック行きます。』
承太郎が「だったらマックだな(キリッ)」とか貴重すぎて腹がイタイッ、涙まで出てきて運転に支障をきたすよバカァ!!
いや彼だって1999年を日本で過ごした普通の人間なんだから失礼だよな!ウン…ククク…クククク
『牛丼とかドーナツとかパスタなんかもドライブスルーありますよ。』
「運転したまま食い難ェだろ。」
『承太郎さんがあ〜んしてくれたら安全に食えます。』
「マックだ。」
『…クククク…クク』
「何なんだテメーは…」
事故るからやめたげてよォ!!
わざとやってるとしか思えないよ!完全にツボに入った、自分のおばあちゃんが“マジで”とか使い始めた時と同じ衝撃だ。
『いま朝メニューですね。何個食います?10個はイケますよね?』
「イケねえ。」
『えーいざとなったらイケますよ絶対。取り敢えず食いたいの全部頼んでください』
目的地に到着すると助手席からは見にくいメニューのボードを俺の方に身を乗り出して確認する承太郎。
彼の横顔が真ん前にある。真ん前ってほんと、それこそ10センチくらいの距離に。
何だこの長い睫毛、間近だと良く分かる深い深いエメラルドグリーンの瞳。それにジョジョのキャラクターは皆が皆、唇が色っぽすぎる。
承太郎がマックの朝メニュー注文してる時点で俺はドツボのはずなのに、同じ人類の男とは思えない彫刻のような横顔に引き込まれて、俺は鼻息がかからないように静かに静かに呼吸するのみだった。
『(ああくそ、いい匂いする。)』
いい男って同性までドキドキさせちゃうもんなんだな…!そしてこれを恋愛感情だわとか解釈すると間違った道を歩むハメになる訳か!!
くそー落ち着け。ひとりで動揺してんのはアホみたいだぞ俺!だいじょぶ俺デキル子ッ!
『チーズエッグマフィンとナゲットのマスタード3つずつ。』
食って忘れる。
食の幸せはこんな煩悩を簡単に吹き飛ばしてくれるはずだ!あれっ、何か俺デキル子ってより単細胞っぽくないか。
受け取り口で手渡された大きめの袋が2つ。やけに重たい、マックでここまで重たい袋は初めて受け取るぞ。
「ありがとうございましたー。」
『へ、あの、会計まだです。』
そう口にした後にしまったすっとぼければ良かったなんて思ったけど後の祭り。
けど店員のお姉さん(って言えそうな年でもないけど)は口許に手を当てて、ひっそり小声でこう言うのです。
「今日のお代はいいから、また二人で来てちょうだい。」
承太郎、お前が礼を言ってやれ。
俺は人生で一度もこんな経験はないし…見ろよ、5000円近く買ってるんだぞマックで。安さがウリのマックで。
けど彼に言ったらせっかくの好意を無下にしてお代を払いかねない。俺はまた連れてきますと小声で返して車を走らせた。
あのお姉さんが店長さんだったんだろうな、じゃなきゃ三秒でクビだしな。
その間承太郎はと言うと、気の利く彼女のようにせっせとドリンクにストローを挿していた。カワイイネ
『デートコースのご指定はありますか?』
礼を言ってドリンクを受け取り、一口飲んでからハンドル横のホルダーに差し込む。
俺の問いかけにピクリと片眉を動かしたのが横目に移ったが見ないフリ。
いやもう見えちゃったから内心自分の軽口をとても後悔してる、後悔してるから許してくれすまなかった。きょわい。
「ちと語弊があるようだが…テメーがそう言うならエスコートされてやるぜ?」
『うわー彼女いない歴二年の俺にエスコートとか言いますか。』
「…すまん。」
『謝んないでください…!』
却って悲しいだろうが。
でもまぁ、楽しんでもらいたいけど彼女相手と違って自分の株上げようみたいな下心もないし楽なもんだ。
俺はカーナビのブックマークに予め登録してあった目的地を指定。すぐに音声ガイダンスが流れ出した。
『ヤロウ同士ですけど、水族館行きましょ。』
承太郎のお仕事が何だったか良く思い出せないんだが、確か海洋なんちゃらとかだった気がする。
ずっと疑問なんだけど、彼は一体何に影響を受けてそんな進路を選んだんだ。不良のレッテルを貼られ、外食先じゃマズイとケチをつけて堂々食い逃げしてた彼が。
よくあるあの、顔イカツイんだけど猫たん大シュキみたいなアレかも。
ヒトデたん!うりうりうり〜カワウィーでしゅねェ〜!とか陰でやってんのか。クク…
「悪くねえな。」
『エスコートって言うとやっぱり車のドア開けてお手をどうぞとか細かい気配りが』
「必要ねえ。」
『あ、そうですか。要らないですか』
ちょっとやってみたかったのに。
俺がどうこうじゃなくレディとして扱われる承太郎がどうなるかと興味があったのです。一蹴されたけど…チッ!
俺は彼がすぐ取れる位置に置いといてくれたハンバーガーの包み紙を剥がして、がぶりと一口。
『スゲー変な感じ。』
「不味いのか?」
『ああ、マックじゃなくて。会って三日やそこらの、その上異世界人な承太郎さんと水族館に行くことですよ。』
「俺からすりゃあテメーが異世界人だぜ。」
それもそうか。
漫画の世界の人間って認識だと、どうにも俺の世界が基準に思えてしまう。
俺はマックのフレーバーが充満する車内に、シートに匂いが付きそうだななんて少し眉をしかめながら二回頷いた。
漫画の世界ではなく、別に承太郎たちの世界が存在しているなら作者は何らかの電波を受信してんのかも知れん。
いや寧ろ本当は向こうの世界の人間だったみたいな…!?だって老けないしなッ、結構有力なんじゃないのこの説!
「鼻息荒ェぞ。」
『カフッ…』
「息止めろとは言ってねーだろ。」
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