キミ、わたしだけ
彼と彼女の関係は相変わらず、人目を忍んでは図書室で会い、様々な話を、時には口論をしてどんどん2人の仲は深く確かなものになっていった。
その反面図書室以外で会った時、冷たい彼の瞳を見ると彼女は自分の心が凍てつくほど冷たくなるのを感じるのだ。
彼はあんなに綺麗に笑うのに、その笑顔はきっと誰も知らない。
マグルについて話す時の楽しそうな表情も、日光を浴びながら眠る穏やかな表情も、あの冷たい仮面によって全て隠されている。
彼はそれでいいのだろう。
彼と知り合ってまだ日が浅いが自分は彼のいろんな顔を見てきた。
氷の貴公子なんて馬鹿げている。
彼はまるで月だ。
優しく、柔らかく微笑む。
銀の髪を眺めながらハーマイオニーはグッと下唇を噛んだ。
「ハーマイオニー?」
「ねぇ、ウェル。どうして貴方は本当の自分を隠すの?もっと、もっと自分を…」
あぁ、私は何を言っているのだろう。
彼のことを知ったような口調で。
彼が何を思って何を考えているのか知らないのに。
シリウスみたく家を捨ててまで自分らしく生きろと彼に言うの?
そんなの、
私のエゴだわ。
「ハーマイオニー、俺はね、皆が幸せな世界がいいんだ」
優しく微笑む彼に俯いていた彼女は顔を上げ銀色の瞳を見つめる。
「俺だって昔は、マグル族と魔法族が仲良くなればって考えたんだよ」
でも、もう諦めた。
マグルに興味があるなんてあの両親に言ったらきっと自分は何処かに幽閉され自由を奪われる。
でもマグルの趣味は捨てられない。
もし自分がマグル好きだと公表すればグリフィンドール、特にウィーズリー辺りには好かれるかもしれない。
が、逆にスリザリンには憎まれ罵倒されるだろう。
「人って全員に好かれることってできないんだ、8割に好かれても2割にはどんなに頑張っても嫌われるらしいんだ」
「なに、を」
「8割も2割もそれぞれの世界でそれぞれが幸せなら、いいんじゃないかな」
「…よくわからないわ、そんなの仲良くなれないってことじゃない」
「そうだね、でもハーマイオニーはスリザリンを嫌って、嫌われててもグリフィンドールでは好きで、好かれて幸せだろ?」
「世界が違うってこと?」
「そう、だから、キミが言う冷たい俺はスリザリンでは好かれる俺なんだ」
キミには嫌われるけどね、と微笑んだ彼にハーマイオニーに言いようがないくらいに胸が痛んだ。
彼はとっても不器用で器用だ。
きっとあの冷たい仮面は周りが描くウェル・グラキェースの役だ。
スリザリンで生きていくためにはきっとあの仮面が必要なのだろう。
それでも、私は、彼のあの月の光のような柔らかい笑みが好きだ。
今まで気にしたことはたくさんあったが血を怨んだことなんてなかった。
でも、今だけは、どうして彼が純血でスリザリンにいるのか怨んでしまった。
もしも彼がグリフィンドールにいたら、もしも一緒に笑って授業を受けれたら、もしも、
もしもなんて馬鹿げているけれど、もしもの世界で彼はとても幸せそうに笑っているのだ。
「ほら、そんな顔しないで。レポートの続きをやろう?」
「…そうね、せっかくウェルが教えてくれるんだから、私頑張るわ」
やっと笑った彼女に安心し、彼は羽根ペンを手に取りレポートを仕上げていく。
ハーマイオニーはこの仕草が好きだった、陽だまりの中スラスラとレポートを仕上げる彼の姿。
太陽の光を集める銀の髪に、伏せられた銀の睫毛、そして首にかけられたネックレスがゆらりと揺れるたびにキラキラと小さく輝く。
前に彼にそれは何かと質問した時に教えてもらった月の欠片。
彼の宝物らしく一度触らせてもらったときに氷のように冷たく、月ように輝く不思議な石。
それを笑顔で見せるものだから彼女は笑ってしまった。
彼は冷酷非道のように言われることもあるが、実際はとても純粋無垢な少年のようなところがある。
他の人に知ってほしい反面、彼女はこんな彼の一面を自分しか知らないことが嬉しくもあった。
彼が廊下を通るたびにミーハーな女の子は騒ぎ立てる、それを聞けば「何も知らないくせに」と彼女は苛立ち、同時に優越感で笑うのだ。
ずるい自分は、彼を独り占めしたいと思っている。
そんな自分を恥じながら彼女は羽根ペンを手に取った。
キミ、わたしだけ
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