【同人誌サンプル】君と金平糖を奏でよう 1/2



☆サンプル1
 「いつかは二人で奏でる日を」より

 とあるターミナル駅の広場で、刻阪響はひとりそわそわと立っていた。
 携帯を出したりしまったり、改札から出たり入ったりする人波を睨んだり。そうしてずっと、ある一人の影を待っていた。
 時折、どきどきと苦しい胸のあたりを手のひらでぎゅっと抑えつける。コンクールの審査結果を待つ時のように、今日の心臓は落ち着きがない。
 刻阪はふうっと深く腹式呼吸をし、敢えて声に出して呟いた。
「落ち着け、僕……これはデートじゃなくて、ただコンサート観に行くだけだから……落ち着け……」
 だって、相手は神峰翔太だ。鳴苑高校で共に学び、共に部活動に励む仲間の一人という、どこにでもあるような普通の関係にある男子なのだ。――確かに、人生を賭けたいと思うほどに、彼のことを好きになってしまったのではあるが。

 刻阪響が、指揮者志望として鳴苑高校吹奏楽部に入部した同級生の神峰翔太を好きになったと気づいたのはそう前のことではない。好きというのは、もちろん恋愛感情で、である。
 出会って数時間もしないうちに、刻阪は神峰相手に自分の最も深い内面を見せてしまい、同時に最も楽しい時を共有した。そして、自分に背中を向けた相手を初めて掴みたいと願い、実行したのだ。
 それだけでも鮮烈な出会いであったのに、いざ共に過ごす時間が増えると、素直で努力家で、どんな壁にぶち当たっても乗り越える強さを持っていて、そのくせ未知のものに出会うと自分に頼ってくっついてくる彼の存在が一気に刻阪の心を占めてしまった。唇を噛みしめて指揮を振る姿も、甘い物に癒されて頬を緩ませた表情も、刻阪の心を掴んで離さなくなってしまった。
 ――というようなことを、つらつらと事あるごとに姉の楓に話していたら、ある日突然言われたのだ。
『アンタ本っっ当に神峰君の話題ばっかね。どんだけ好きなのよ』
 言われたその時になって、初めて刻阪は気づいた。ああ、僕は神峰が好きなんだと。
 青天の霹靂といった体で黙り込んでしまったのに、アンタ馬鹿? と楓に呆れられたのは記憶に新しい。

 というわけで、刻阪響は現在絶賛片思い中だった。当然、神峰に自分の想いを告げる勇気などない。刻阪自身ですら男を好きになるなんて思ってもみなかったわけだし、毎日アイドル的人気のある女子の先輩に好意を向けられ続けているところを見ていると、ますます言う気になれない。
 こいつとずっと音楽を通じて未来を目指すのだ、と決めてしまった以上、本音を隠し友達として隣に居続けることを刻阪は選んだのだった。
 とはいえ、だ。友達としてでも、二人きりで出かけることに刻阪のテンションは天井知らずに上がっていた。――だってしかたない、僕は神峰に恋をしているんだから!
(姉さんに感謝だな)
 大事に手帳にはさんでいたチケットを取り出し、刻阪はふうっと意識的にため息をついた。今日これから二人で向かうのは、珍しく楓が日本で出演するコンサートで、楓がチケットを融通してくれたのだ。報酬にそれなりのものを要求されそうで後が怖くはあるが。
 そうこうしているうちに待ち合わせ時間の五分前になった。だが、神峰の姿はまだ見えない。
 必要以上に早く来ている自分の方が悪いのは承知しているが、それでも心配になってしまう。スマホの画面を開いてみたが何のメッセージもない。一体どうしたのだろう、忘れ物なんかで遅れているだけなのだろうか。……ひょっとしたら、神峰は今日のことを忘れているのかもしれない。いやそうでなく、もし道中神峰に何かあったとしたらどうしよう?
 とうとう思考が現実離れしかけたところで、待ちかねた人の影が姿よりも先に声で飛び込んできた。
「あっ、刻阪ァー!」
「っ、神峰!」
 しまった、声がひっくり返った。おかしいと思われなかっただろうか。隠そうとしたところで神峰相手には無駄なのだが――何しろ相手は本物のエスパーだ。
 それでも、刻阪は努めて平静に手を振って見せた。神峰は道標を見つけたようにホッとした笑顔を見せながら、小走りで刻阪へ向かってくる。その姿も愛しくて、刻阪は必死で必要以上に顔が緩まないように頑張った。
(あー、今日も可愛いなぁ)
「悪りィ、待ったか!? 早めに出てきたつもりだったんだけど乗り換え上手くいかなくて」
「ううん、大丈夫だよ」
 今来たところ、と本当は言いたかったけれど、神峰にはそれが嘘だと分かってしまうから言えなかった。案の定、何かを感じ取ったらしい神峰が一瞬眉を下げる。
「ホントか?」
「ホントだって。それより早く行こうよ」
「お、おう?」
 神峰は納得がいっていない風だったが、構わず刻阪は歩き始めた。慌てて、神峰が小走りで追いかける。
 というわけで、二人は連れ立ってコンサートホールへ向かった。駅からは十分程度の距離があったが、人の流れがあったおかげで、浮き足立った刻阪でも迷わず神峰を連れて行くことができた。
 もともと厚い支持を得ているプロオーケストラに、楓という気鋭のバイオリニストと、若手だが実力派の客演指揮者という組み合わせで行われるプログラムはなかなか集客力があったらしく、ホールに着いてみると開場前だというのに入り口で人が列を作っている。
「うわ、すげェ人……」
 人混みが苦手な神峰がぽつりと呟いた。
「思ってたより大分すごいな……大丈夫か?」
「た、多分」
「辛かったら目、閉じてていいよ。列が動きだしたら教えるから」
 神峰はこくりと頷き、刻阪の言う通り目を伏せる。その様子に、やはり辛かったのだと刻阪は心を痛めた。
 それを察してかは分からないが、神峰は明るい声でこう言った。
「こんだけ人がいるってことは、楓さんてやっぱスゲェんだよな。オレもスゲェ楽しみ」
「本当か?」
「ホントだって! 楓さんの本気の演奏、一度は聞いてみたかったし……それに、刻阪に誘ってもらえて、嬉しかったから」
「……!」
 目を閉じながらも、少し照れくさそうにそんな事を言った神峰がとても可愛く見える。
「……そっか、なら、よかった」
 嬉しさで震えそうになる声をどうにか抑えながら、刻阪はそれだけ言った。――今神峰が目を閉じていてよかった、と思う。さもないと、今の浮かれた心から、表に出せない『好き』がバレてしまうに違いないから。
 が、直後に神峰が言った言葉に思わず膝が折れそうになる。
「友達と、こーやって出掛けるのってイイな」
「っ、ああ」
 嗚呼、やっぱり友達としてだよな分かってたけど。と、刻阪は内心ため息をついてしまった。さっきよりもずっと、神峰が目を閉じている状況に感謝する。友達扱いされてがっかりしているなんて、純粋に自分を好いてくれている神峰に絶対バレたくない。
「僕も、コンサートへ一緒に出掛けられる友達は、モコ以外じゃ神峰が初めてだよ」
「へ、そうなのか?」
「ああ。だから僕も楽しみなんだ、コンサート終わった後、神峰と音楽について話せるのがね。……あ、列動きそう」
 ふと気づくと、にわかに人波がざわめき始めている。そろそろ開場時間なのだ。動き始めた列に合わせて刻阪も足を動かそうとした時、不意に服の裾を掴まれた。
「神峰?」
「……あ、わりィ」
 列が動き始めたのに、神峰はまだ目を閉じたままだった。まだ、目を開けるのが辛いのだろうか。
 ならば、と刻阪は頷いた。
「大丈夫、ちゃんと掴んでて」
「……さんきゅ」
 小さく呟いた声と、裾を掴む控えめな力に、不謹慎ながらきゅっと胸が苦しくなる。手を繋ごうか、と告げる勇気がない自分がなんとも歯がゆかった。

+ + +

☆サンプル2
 「初御空に歌う」より
 
「神峰、神峰。起きろ!」
 温かい暗さの中、眠っていた神峰を揺さぶるものがあった。
「ん……なんだよ……」
「日の出見に行こう。初日の出だ!」
「はぁ……?」
 しんと静まり返っていたはずの部屋に似合わない、やたらとテンションの高い声はしかし馴染みのあるものだった。加えて繰り返し揺さぶられるものだから、神峰も仕方なしに寝ぼけ眼を擦って目を開ける。
「ときさか……?」
「おはよう神峰。元旦の朝だよ。出かけよう!」
 目に飛び込んできたのは、未だに自分の友人であることが信じられないくらいのイケメンだった。つい二か月前に知り合い、友達になって、唯一無二の相棒となった少年、刻阪響だ。彼の顔を見て、神峰はようやく寝ぼけた頭に状況を思い出す。
 そういえば昨日は、コントラバスパートリーダー・弦野と戦うために、神峰は吹奏楽部員でありながらバンド『リンギン・ガーデン』を名乗って年末のロックフェスに出場したのだった。ライブハウスに吹奏楽部、それも指揮者として出場した神峰にとってその舞台はとても刺激的なもので、プレッシャーは大きかったが充実していた。楽しさのあまり全力で指揮をし過ぎて、ライブ終了後は楽屋の床に倒れて立てなかったほどだ。
 そのせいで終電を逃した神峰は、徒歩で行くことのできた刻阪家にやはり倒れ込むようにお邪魔し、そのまま刻阪の部屋で眠ったのだった。それはつい数時間前の出来事のはずだった。
 疲れていたのは全力でいつもと違うノリの曲を吹いていた刻阪も同じはずだが、たった数時間前の睡眠ですべてリセットしたような笑顔が神峰の前で輝いている。
「はぁ……初日の出? マジかよ」
「ああ! 絶対に神峰と一緒に見たいんだ。行こうよ」
 ね、と小首を傾げながら刻阪が言う。男子高校生のする仕草にしてはあんまり子供っぽいはずだが、なぜか違和感がないのが不思議だった。
「近くに、すごく景色のいい場所を知ってるんだよ。絶対に損はさせないし、帰ったらまたうちで寝てってもいいからさ」
 そんな仕草の反面、刻阪の胸元で輝くキーガードの心象は土下座する勢いで神峰に向かって頭を下げている。よほど行きたいのだろう。
「……わかった」
 必死な様子の心象に胸を打たれた神峰は、眠いのも寒いのも忘れて思わず頷いていた。
 ずっと他人を避けて生きてきたから、大晦日を友人と過ごすことも、年明けを友人と迎えることも当然神峰にとっては初めてだった。初日の出を一緒に見ようなんて、こんなに疲れてさえいなければとても嬉しい誘いなのだ。
 ありがとう! とさっきよりも三割増しの輝きで笑う刻阪に目を細めながら、神峰はやっとの思いで布団を出た。刻阪にせかされつつ身支度を整え、冷たい空気の中玄関へ行き靴を履く。
「神峰、外出たらガレージで待ってて。ちょっと持ってくものあるから」
 という刻阪を置いて外へ出ると、家の中よりもっと冷え込んだ空気が神峰の頬を刺した。
「……!」
 空はまだ夜明け前で、濃い蒼とも薄紫ともつかない色が頭上を覆っている。東の方だけうっすらとほの白い帯がかかり、モノトーンに近い色のグラデーションがきれいだ、と神峰は思った。
 それにしても早すぎるのではないだろうか、と思って手元の携帯で時間を見ると六時だった。本当に数時間しか眠れていないことに気づき思わず苦笑いが出る。刻阪と一緒じゃなかったら絶対にこんなことできていない。
「ごめん、お待たせ」
 感慨に耽りかけたその時、刻阪が玄関から出てきた。と、神峰は刻阪の持って出たものに思わず目を見張る。
「は? 刻阪、お前それ」
「ん、サックスだよもちろん」
「もちろん、って……今から吹くの!? ソレを!?」
 刻阪は大真面目に頷いた。背中にはいつも彼が愛用しているアルトサックスのケースが堂々と背負われている。
 待て待てと神峰は心中でツッコミを入れた。刻阪は確かに近くのいいところで初日の出を見ると言っていた、それはつまり、外でアルトサックスを吹くと言っているのではないだろうか。こんな朝早くから。どう考えても近所迷惑だ。
 それとも『近くのいいところ』とは、ひょっとして室内なのだろうか? ――いやいや。
 脳内にクエスチョンマークを浮かべまくっていた神峰に、さらに刻阪は突飛なことを言ってくる。
「じゃ神峰、この後ろ乗って」
「はぁ?」
 神峰は二度目を見張った。サックスを背負った刻阪がガレージの奥から引っ張り出してきたのは自転車だ。
「お、お前自転車乗るのか」
「? そりゃあ乗るだろう、小さいころはモコと一緒に自転車でいろいろなトコ行ったよ」
 当然のように言い切られ、まあ当然なはずなのだが、いかにもイイところのお坊っちゃんといった体の刻阪――実際家は広いし音楽一家だからお坊っちゃんには違いなさそうだ――からはあまり想像がしにくい刻阪の姿に神峰は目を白黒させた。
「いいから早く。夜が明けちゃうから」
「え、マジで? お前サックス背負ってるのにその後ろから?」
「ずっと神峰に走らせるわけにはいかないだろ。でも、僕がこけたらサックスの方守ってね」
「ンな無茶なッ!?」
 ツッコミを入れつつも、なんだかんだ丸め込まれてしまった神峰は刻阪の言う通り、自転車後部の荷台にまたがった。
「それじゃいくよ!」
 刻阪の気合の一声とともに、ぐんと自転車が動きだす。
(うわっ――!)
 冬の早朝特有の、しんと張り詰めた空気を引き裂くように、二人の乗った自転車が勢いよく前へ進んでいく。回るタイヤが小石を踏む振動に促されるように、神峰の心も弾み出した。
 正直なことを言えば、神峰はとてもワクワクしていた。――だってこんなことは初めてなのだ。夜明けの街を、誰かと一緒に、それも自転車に乗って駆け抜けて行くなんて!
「大丈夫か? おしり痛くない?」
「平気!」
 刻阪の気遣いに、神峰は明るい声で請け合った。揺れる自転車は怖いし、自分がしがみついているものが(おそらく)何十万もしそうな楽器であることもものすごく怖かったが、これから起ころうとすることを考えると、そんな恐れも些細なものとして自転車の横を駆ける風に吹き飛ばされた。


(→ 各編概要)

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