18歳、僕らは未来を確信する



 2015年4月13日。
 その日は最後に残っていた桜も散りゆくような、暖かい日だった。
 
「ふう、」
 教室でひとり、天才と謳われたサックス奏者こと刻阪響が息をつく。
 昨日、彼は18歳の誕生日を迎えた。幸いなことにその日は日曜日で、音楽の相棒にして恋人の神峰にたっぷりお祝いもしてもらい、とても幸せな日になった。…それは良かったのだが、休みが明けた月曜の今日、待ち構えていたファンたちに囲まれ刻阪は朝からもみくちゃにされていた。
 己惚れるつもりはないが、人気者は辛いな――なんて思ってしまう。
(まあ、それもすべては『僕らの未来』の為だな)
 窓の向こうで散りゆく花弁を見ながら思う。今年は高校最後の年だけれど、ここで終わりにする気など毛頭ない。これからも音楽の道を歩み続け、世界の舞台で成功するつもりならば、今からこうして自分の音を好きでいてくれる人がいる事実は悪いことじゃない。

(それにしても、18歳か)
 昨日またひとつ積み上げた数字を感慨深く思う。
 ついこの間高校3年生になって、自分たちが主体になった吹奏楽部の活動も軌道に乗り。
 そうした歩みの中で迎えた誕生日、音楽で歩き成功し、人の心を掴むという未来へのビジョンに一歩近づけたような気がするのだ。ただの夢でなく、具体的な手を伸ばす先の目標として。
 窓の向こうにその景色を思い描く。もちろん、その景色の中立つ自分の隣には、

「刻阪ァ? まだ部活行かねェの?」

 とっくにホームルームは終わったのに、刻阪が部活へ来ない。
 心配した神峰があたりを付けて刻阪の教室を覗くと、誰もいなくなった教室で刻阪がぼんやりと窓の外を見つめていた。
「…神峰」
 声をかけると、こちらに気づいた刻阪が振り返って目を丸くした。同時に心の方も目を丸くする。
「谺先生、今日練習前にミーティングやるっつってたろ、早く行かないと…」
「…あ、ああ、そうだったな」
 まるで夢から覚めたような刻阪の物言いに、神峰はあることに思いいたる。
「ひょっとして、ちょっと疲れてんのか? まだファンの子たちに囲まれてたとか…」
 刻阪は人気者だ、彼の奏でる音のみならずその涼やかなルックスと人当たりの良い立ち居振る舞いで多くの女の子たちの心を掴んでいる。ただ、そうして集まった人たちに褒めそやされたり逆にサービスしたり、といった行為は本来得意でないことを神峰は知っている。
 けれど刻阪はそうじゃない、と首を振った。
「大丈夫、今はちょっといろいろ考えてただけだから」
「いろいろ?」
「うん。18歳なんだなぁって思ってさ」
「…まぁ、そりゃ昨日誕生日だったからな」
 刻阪の言葉に昨日のことを思い返した神峰は頬が熱くなるのを感じた。昨日は日曜日だったから、刻阪の家に遊びに行って神峰なりに刻阪の誕生日を祝おうと頑張ったものだったが。
「もう高校最後の年だし、いろいろ頑張らないとなーとかさ。ほら、本気でプロになろうと思ったらそれなりの事しないといけないわけだろ」
「へ?」
 自分の思考とは別の方向から返ってきた刻阪の言葉に、神峰は思わず間抜けな声を出してしまう。
「音楽大学行くんだったら、部活の他にも勉強が必要だし。またひとつ未来に近づいた分、もっと頑張らないと」
 目を閉じて将来の事を当たり前に語る刻阪。そんな姿を目の当たりにして、神峰はつきんとした痛みを覚える。
 ――急に、目の前の刻阪が、いつもより数段も大人びて見えたからだった。

(スゲェ…刻阪は、もうちゃんとそこまで考えてるんだ)
 自分より誕生日が半年先だというだけなのに、刻阪は自分よりずっと先の事まで見ている。
(オレなんか、今度の吹奏楽コンクールどうしようとか、それだけで精一杯なのに)
 刻阪が神峰と初めてセッションした時に見たという、指揮者神峰とサックス奏者が世界の舞台で演奏をし心を掴む未来の「ビジョン」。その話を初めて聞いた時の神峰はそれがとてつもなく野放図なものに思えたし、今だってそれが現実に叶うものとは思えない。
 確かに、去年は学生指揮者として鳴苑吹奏楽部を全国大会で金賞獲得という途方もない快挙を成し遂げた。けれどそれは、刻阪だけでなくたくさんの心強い部員たち、顧問の谺、そしてそこまで自分たちを押し上げたライバルたちの存在があったからだ。
 今年、同じことができるかと問われれば神峰にはとてもじゃないが自信がない。そんな状態で、もっと現実味の薄い未来を目指すなんて。

(オレ、本当にこの先も刻阪と隣で音楽、続けられるんだろうか…)

 当たり前に未来を描いてみせる刻阪と隣に居続けること、それすらも。
 だが。

「あとは、結婚とか?」
「……はぁっ?」
 不意にとんでもない単語が耳に飛び込んできた。――結婚? 刻阪が、誰と?
「決まってるだろ、僕はこれからずっとお前と一緒にいるんだから」
「うおええあ!?」
 どうやら勘違いでなく自分との事らしい、刻阪の心がキラキラと自分の顔を見つめている。
 しかし神峰の戸惑いも焦りもまるごと無視して、刻阪は例の調子でどんどん話を進めていく。
「18歳ってそういうことだろ? 男性も結婚が法律で認められる年。最近同性同士の結婚を、というかパートナー同士であることを認める自治体も出て来てるし、やってやれないことはないよね?」
 まぁいざとなれば外国で結婚したらいいか、などと真顔で刻阪が言うものだから、とうとう神峰は真っ赤になって崩れ落ちてしまった。
「あれ、神峰?」
「…い、いきなりンな事言われてもコメントしづれェよ…」
 さっきまで刻阪は確かに真面目に音楽で目指す未来の話をしていたはずだ、なのになんだろうこの脱力感。
 結婚なんて、神峰にとっては現実味が薄いどころか想像の埒外だ。そこまで自分と一緒にいたいのかこの男は、その気持ちは恥ずかしいくらい嬉しい、けれど。
 頭を抱えて照れる神峰を見て、刻阪が心底かわいいという風に微笑んだ。
「今すぐどうこうなろうって意味じゃないよ。でもね、そうしたいって思えるくらい、神峰とはこの先ずーっと一緒にいられるんじゃないかって思ってる」
 そんな言葉とともに、頬に刻阪の手が添えられそっと上を向かされる。
 言葉と、瞳と、それから心で。本当の気持ちが神峰にしっかり伝わるように。
 
「僕は、来年も再来年も、その先もずっとお前といたいよ」
「刻阪…」
 柔らかな色合いのそれらに、神峰の心が縫い止められる。同時に、泣きたくなるくらいの切なさが込み上げる。
 ――大人びて将来を見つめていた刻阪、けれどその将来には自分の姿がいた、疑いようもなく真っ直ぐと。

「…なんか、どっちが祝われる側か分かんねェよ……」
 刻阪の願いは神峰にとって祝福にも似て、神峰の心をどこまでも引き上げる。それに答えた肯定の言葉があまりにも遠回しなのは、せめてもの照れ隠し。
 それでも刻阪は嬉しそうに笑った。
「そう答えてくれるだけで十分だよ。……さぁ、そろそろ行こうか。僕らの未来に辿り着く為には、まずは今日の練習からだ!」
 刻阪の手が、俯いた神峰の前にそっと差し出される。
「…ああ!」

 差し出された手をしっかりと掴む。そして立ち上がり、二人は連れ立って音楽室へ向かって行った。
 握り合った手の力強さに、未来を必ず叶えることを確信して。





end.


+ + + + +

今年の4月の時点でプロットはできていたのですが、なんか刻阪のための誕生日文という感じがしない…ってなってお蔵入りになったいきさつがありました。
でも神峰誕生日文がなんとなくこちらと連動し始めたので改めて書いてみたというものです。…書いてみたらそうでもなかった←
刻阪は結婚とかも想像し始めたらどんどん積極的に妄想込みで突っ走ってっちゃうだろうな〜

Up Date→'16/10/16

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