Hopeful Morning over the Rainbow 2/2




「──……」

 刻阪の言葉に導かれて、神峰は今まで奏でてきた音楽をひとつひとつ振り返る。
 刻阪と出会ってからの一年間、ひとつひとつの舞台はただがむしゃらに、必死に駆け抜けてきたけれど。
「お前は全部必死だったかもしれないけど、本当にそれだけだったかな」
 諭すような、しかし切実な響きすら含んだ問いかけに、神峰は自然と首を振っていた。
「んなコト、ねェよ……全部、楽しかった」

 初めて心を変える事ができた時の達成感は、今でも忘れられない。
 音を通して心とぶつかりあった瞬間はただ痛いだけでなく、煌めく何かが『見』えていた。
 空気を震わす音響を体で味わい、練り上げてひとつの形にしていく過程で感じた歓びを、神峰は確かに覚えている。

「毎回、いろんなモノが『見』えて……スゲェ怖ェこともあったけど、楽しかったよ」
 そう言って、神峰は控えめに微笑んだ。そうして笑えることすら、今は嬉しい。
 刻阪もまた、微笑んで頷く。
「それが、これからも続くんだよ。神峰は聞こえるだけじゃなくて『見』えるんだから、より具体的に覚えていられるだろう?」
「ああ……そうかも、しれねェな」
「今は寂しいかもしれないけど……終わりにさえしなければ、音楽は何回だって僕らを楽しませてくれるんだ。昨日よりもっと綺麗な景色だって見られる。
──僕は、そう信じてるんだけどな」
「……刻阪は、だから音楽を続けてきたのか?」
「ああ、そうさ。僕にはサックスしか能がないっていうのもあるけど」
 なぜかおどけてみせた刻阪に、神峰は吹き出した。
「んなコト無ェ……いや、あるかも」
「おい、そこは否定しろよ」
 刻阪が神峰の額を小突いた。だけど神峰は訂正することもなく、二人はくすくす笑いあった。
 ひとしきり笑ったあとで、刻阪は不意に神峰の瞳をじっと見つめる。
 
「……な、なんだよ?」
「もう一つ、思ったことがあってさ。虹の音について」
「え?」
「確かに、『虹色の音』は演奏者みんなが頑張ったからできた音だと思うし、毎回それだけみんなができるかって言われたら、相当努力しないと難しいと思う。けどね──最後の『虹の音』だけは、お前だけの音だって、思うんだよ」
「……?」
 禅問答のような刻阪の言葉に、神峰は首を傾げた。
「オレだけの、音? だって……オレ、音は出してねェのに」
「……分からない? まぁ、そういうところがお前らしいんだけどさ」

 最後の瞬間に奏でられた『虹の音』は、それまで嵐の中にあった『虹色の音』とは違った。
 まるでそれは、神峰が歩んできた17年間の、苦悩から歓喜へ至るための道──人生そのもの。
 奏者と観客、すべての人間に心を寄せ、真っ直ぐに向き合った神峰の心をそのまま映した音だと、刻阪はそう思う。
 
「だから、お前がお前である限り、あの時の『虹の音』にはまた会えるよ。必ず」
 刻阪は確信していた。だから寂しがる必要など欠片もないのだと、神峰に伝えようとする。
 そして強く願うのだ。初めて会った日に垣間見た未来へのヴィジョン──そこへ突き動かしたあの時の音にまた辿りつきたい、と。

「……お前が言うなら、そうなんだろうな」
 刻阪が語る言葉はどこまでも真っ直ぐで、ニュートラルで。指揮者になって欲しいと言ったあの時と同じだ。
 どんなに苦しくても、常に神峰の心の奥底にあって神峰を励まし続けた言葉のように嘘がない。
「そうだよ。だから、神峰は音楽を諦めないで欲しい。僕はまたお前の『虹の音』と一緒に演れるって信じてるから」
「……おう」
「それに、『虹の音』ってだけじゃ、ないな」
 刻阪は言葉を止め、深く息を吸った。
 思わず固唾を飲んで次の言葉を待つ神峰の瞳に、もう一度真っ直ぐ視線を向ける。

「僕は、これから先もずっとお前の音と一緒にいたい。世界の舞台に立って、それからもずっと」
 ──それぐらい、お前と奏でる音楽が大好きで、それぐらい、お前の事が好きなんだ。

 グレー一色だった部屋の中に、不意に明かりが射す。虹色の煌きが一瞬、散らばる。
 言葉よりも雄弁な「心」が、神峰の「目」に訴えかける。
 神峰は目を伏せた。眩しいのは朝の光か、それとも。
「……いきなり、何言ってんだよ」
 勝手に顔が熱くなる。言葉と心に含ませた二重の意味を理解した途端、恥ずかしくてたまらなくなってしまう。
「ダメだったかな? 本当にそう思ってるんだけど」
「知ってるし。……だから、だろ、バカ」
 なんでそういうことが言えるんだろう、神峰はぎゅっと刻阪の腕を掴む手に力を込める。
 刻阪の言葉はいつだって刻阪の心そのもので、馬鹿みたいに正直で──だから神峰は、刻阪が大好きだった。
 刻阪の言葉と心なら、どんな事を言っていたって信じることができるから。
「オレだって、音楽……止めたくねェ。もうオレは、苦しい事を乗り越えた先に楽しいことがあるって、知ってるから」

 再びあの景色を見ることができるなら、そうでなくても、また違う綺麗な景色を見ることができるなら。
 刻阪と共に歩む「生きる道」を手放すなんて、そんな勿体無い事はしたくない。
 そう思うことができるから──虹の向こうに辿り着いた朝は、ただ寂しいだけじゃない。

「お前と同じで、音楽から離れられそうに無ェよ」
 再び神峰は、晴れた空のように笑った。刻阪の想いを全部受け止めて。そんな笑顔に、刻阪は悪戯っぽく囁く。
「そっか、嬉しいよ。……でも、『音楽』だけ?」
 神峰はぐっ、と息を詰まらせた。
 刻阪が本当に言って欲しいことを分かって、でもわざと無視していたところまで全部見透かされている。相変わらずとんでもない理解力だ。
 ──そうと承知していても、こればかりは恥ずかしい。

(オレにとって、音楽やるってことはお前とずっと居るってことと一緒なんだよ)

 刻阪無しでの音楽人生なんて、それこそ考えられない。根拠なんてどこにもなく、感情がそうと断じるだけだけれど。
 それでも、そんな事を神峰が真正面から伝えられるわけもなく。
「……これ以上、言えるかよ」
 口の中でぼそぼそと呟いて、神峰は照れを隠すように刻阪に抱き付く。それに、刻阪がくすくすと笑った。
「しょうがないな。……じゃあ、そろそろ起きなきゃね。みんな待ってる」

 刻阪は神峰の腕とベッドから抜け出し、カーテンを開けた。晴れた秋の朝陽が、真っ白に二人を照らし出す。
 その眩しい光が、神峰にはいつかの舞台を照らすスポットライトと重なって見えたのだった。





end.


+ + + + +

ソルキャ完結おめでとうございます><
神峰の音が紡ぐ虹の光、とても美しかったです。
……今ここじゃ、これ以上のことは言えないや。

Up Date → '16/2/27

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