pinky daydream 2/2



   ◆
  

 それからどれくらい歩いたか、神峰はほとんど意識していなかった。
 ただ、気がつくと周りはしんとしていて、二人は誰もいない空き教室に辿り着いていた。黄昏の最後の光が淡く差し込み、空間をいつもとまったく違う色合いに染め上げている。
 それがいかにも秘密めいていて、神峰は再び喉を鳴らした。

「もうちょっと、こっち」

 言葉少なに言う刻阪に手を引かれ、教室の一番奥の窓際に導かれる。
「と、ときさか、」
 手に刻阪の指が絡んだまま、狭い壁に押し付けられて、ひときわ心臓が高く跳ねた。
「………」
 額が触れ合うほどの至近距離で、刻阪の蒼い瞳が揺れる。
 来る──反射的に悟った、その瞬間。

「ん…っ!」

 思わず、鼻に抜けた声が漏れる。
 刻阪の潤んだ唇に口づけられて、神峰は震えた。

 ちゅ、ちゅ、と、かわいらしい音が断続的に零れる。何度も繰り返される触れるだけのキスに、羞恥も理性も溶かされていく。
 唇をゆるく挟まれて、そのあまりに柔らかな感触に、体に燻っていた炎が掻き立てられた。
「ん、む…ときさ、かぁ…っ」
 夢中になって名前を呼べば、刻阪が唇を離して神峰の瞳を覗き込む。
「っ…また、そんな目で、見て…」
「へっ…?」
「ねぇ、神峰…今日、お前がどんな目してたか、知ってる…?」
「ど、どんなって」
 今日一日の所業が脳裏に走って、神峰は答えに窮する。
 けれど、それすらも見透かしたように、刻阪は笑って。


「すごく、欲しそうな目、してた」


「──!」
 分かっていた。分かっていたけれど、刻阪に改めて指摘されると、羞恥で涙が出そうだ。
 そんな神峰を、刻阪はぎゅっと腕の中に閉じ込めて、肩口に額を擦りつけた。
「あんな目、されたら…たまらないよ。なぁ、神峰…」
 耳のすぐ近くで、あの大好きな甘い声がして、また体の疼きが増す。

「…と、刻阪…」
「僕だって、ずっと我慢してたんだ。考えないようにしてたのに……神峰の、せいだよ」
「…っ」
「そんな、『したい』って目されて…抑えきれるわけ、ないだろ」


 ひときわ低い声で囁かれた、同時にぐっ、と鼠蹊部にほど近いところに、何かが押し付けられる。
「うっ…!」
 神峰は思わず呻いてしまう。痛みではない、熱の籠った体には鮮烈すぎる感覚に。
 ──何が押し付けられたかなんて、見なくても分かった。

「神峰、すごい…勃ってるね」
「うっせっ…お前も、だろ…!」

 心の底から楽しそうな刻阪に脳が爆発しそうになりながら、神峰はせめてもと憎まれ口を叩く。
(刻阪の、熱い…!)
 軽いキスだけですっかり出来上がってしまった局部に当てられた、恐ろしいほどの熱さに、たまらず体が震える。
「はっ…ぅ、刻阪ッ…」
「…もっと、したい?」
「ん…!」
 ここまできたら、恥なんてもはやどうでもよかった。神峰は魂の底から声を上げる。
「もっと、してくれ…!」
「うん…それじゃ、こっち、見て」

 言われるままに刻阪の方を見れば、刻阪が微笑んでいる。
 あまりに秀麗な、そして艶やかなその笑みに目を奪われた瞬間、再び唇に吸い付かれた。


「ん、ぅ」
 今度は唇だけにとどまらない。下唇をぬめった感触に撫でられ、ずん、と腰が重くなる。
 神峰は少しだけ唇を開いて、無遠慮な闖入者を迎え入れる。すると我が意を得た舌先に咥内をまさぐられて、神峰はぎゅっと刻阪にしがみついた。
 そうすると、局部により強く熱が擦れ合って、びくりと全身が震える。
「あぅ…!」
 喉の奥から悲鳴が上がった。それすらも逃がさないようにと、刻阪は口付けを深く、執拗に繰り返す。
 それは、ここ数週間できなかった、甘すぎる行為。
 すればするほどもっと欲しくなって、神峰はいっぱいに舌を伸ばした。

(あ、血の味…)

 刻阪の下唇に触れた時に、ふと感じるそれ。毎日手入れをしても、どうしても治るまでには至らないらしい。
(ときさかが、がんばった証拠だ)
 痛そうだけれど、そう思うと愛しくなって、昼間思い描いた通りそうっと舌先でなぞる。
 ごくわずかに流れる血を舐めとるように、小さな傷を癒すように。
「ん……」
 されるがままになった刻阪から、甘い吐息が零れる。
 それがなんだか嬉しくて、繰り返し下唇と、その内側を探っていると、どうやら調子に乗り過ぎたらしい。
「ふあ…っ!」
 たちまち舌を絡め取られ、主導権を奪われてしまった。そのまま、下の裏側から表面へ、そして口蓋へと、弱いところをつつかれて、息ができなくなる。
「ん、あ、ときさか…!」
 苦しくて、気持ちよすぎて、神峰は弱々しくしがみついていた刻阪の腕を叩いた。


「……大丈夫?」
 ようやく唇を離した刻阪が、心配そうに声をかける。
 解放された神峰は、固い壁に力なくもたれて荒い息をつく。ようやく吸えた冷たい空気を吸っては吐いて、しばらくはそれだけで精一杯だった。
 頭の芯が霞がかってぼうっとするし、手は痺れて動かない。脚も震えて、立っているのがやっとだ。
 それでも、懸命に神峰は応えた。

「…だい、じょぶ、だ…」
「本当か? やりすぎたかなって思ったけど…」
「へいき…良すぎた、だけだから…」

 そう、久しぶりのキスはそれはもう気持ちよかった。数週間寂しくて、ずっとずっと焦がれていたものを与え与えられて、なんて幸せなんだろうと思う。
「オレ、お前とくっついてんの、好きだ」
 神峰としては、そんな素直な気持ちを伝えただけだったのだが。


 ──どうやら、それがいけなかったらしい。


「……また、お前はそんな事言って。…知らないよ」
「え…?」
 神峰が戸惑ったように声を上げた、その時。
 不意に、刻阪の身体が少しだけずらされた。力の入らない神峰の脚を割って、刻阪の片脚が滑り込む。
「と、刻阪?」
「だったら、もっと気持ちよくしてあげるから」
「な、あぁ…ッ!!」
 神峰は掠れた悲鳴を上げた。刻阪の脚が、ぐっ、と神峰の局部を押し上げたのだ。
 同時に首筋に吸い付かれて、さっきまでとは比べ物にならない快感が背筋を走る。
「とき、あ、やだっ、」
「神峰、あんまり声出すと、誰かに気づかれるよ」
「あ、う……!」

 そうだ、ここはまだ教室だった。下校のピークは過ぎているとはいえ、まだ誰かいるのかもしれない。
 今更その事に思い当たって、神峰は別の意味で震えた。
 けれど、だからといって、すっかり火のついた刻阪が手加減してくれるはずもなく。

「ん、んぅっ…むり、だって、うぁ…っ」
 刻阪の太腿が、繰り返し神峰の最も弱い部分をぐりぐりと押し付ける。それだけでも達してしまいそうなほどの刺激なのに、抱きしめて支えていない方の手が、シャツの上から胸をまさぐってはまた違う感覚を与えてくるのだから、とても声を抑えるなんて出来ない。
 刻阪の器用な指先が、敏感な突起を掠めては離れる度に、神峰は息を引き詰める。

(やっぱり、刻阪の手は、意地悪だ……!)

 現実逃避のようにそう思った瞬間、その突起を指で摘まれて、びくんと体が跳ねた。
「ひぅ…!」
「ね、神峰。気持ちいい?」
「や、ソコでしゃべんな、…あ、やだ、刻阪ぁ」
 弱い耳に舌を差し入れられて、ぞわ、と全身に震えが走った。そこへまた、刻阪の太腿が押し潰すように局部に触れてきて、また一段と快楽を深くする。

「ふ、ぅ、も…無理っ、このままじゃ、」
 気持ちよすぎる。刻阪が触れるたび腰に甘い感覚がたまっていくようで、脚はもうがくがくと震えて立っていられない。
「いっちゃいそう?」
 またあのとびきりの甘い声で言われて、びくっと反応してしまう神峰だが、それでも懸命に首を横に振る。
「ん、だから…止めて、くれ、ここじゃ、…嫌だっ、」

 気持ちよくてたまらなくて、でもさすがに、こんなところで出したくはない。
 さんざん触れたいと思って実行に移されて今更だが、ここで達してしまったら色々困る。後始末とか。
 万一バレでもしたら、大変な事になってしまうのは目に見えている。

「あっ、ぅ、やめ、もう、立ってられねェ…!」
「〜〜〜っ」

 そのことは刻阪も分かっていたから、わずかに残った理性を全部掻き集めて、ようやく神峰を解放した。
「はぁ…っ」
 腕を放すと同時に、ずるずると神峰が崩れ落ちる。
 キスの直後以上に荒く息をつく神峰に、ぽつりと刻阪は謝った。
「ごめん、神峰…今度はさすがにやりすぎた、ね」
「……い、や、オレ、こそ……」
 神峰も小さく首を振った。元はと言えば、自分が朝からよこしまな考えに侵されて、刻阪を煽ってしまったのがいけないのだから。
「ゴメン、刻阪」
 謝罪を返すと、刻阪は黙って、神峰の手を握ってくれた。
 優しい、神峰が大好きなその手で。


 呼吸が落ち着くと同時に、潮が引くようにすっと熱が引いていく。あとは、残り火のように燻るだけで。
 それにつれて、周りの様子も見えてくる。太陽はすっかり落ちていて、非常灯の明かりが残るだけとなった教室も廊下も、しんと静まり返っていた。

「…みんな、帰ったかな」
「たぶん、そうじゃない?」
「ヤベェな、今何時だろ」

 そんなどうでもいいような会話が、不意に途切れる。
 不思議に思った神峰が振り返ると、刻阪が困ったように首を傾げていた。
 ──瞬間、神峰は悟る。

(同じだ。刻阪と、オレの気持ちは)


「……あのさ、神峰」
「うん」
「次の自主練は、僕の家でしたいんだけど」
「……おう」

 燃える刻阪の心象と同じくらい顔を真っ赤にしながら、神峰は頷いた。

 ──きっと明日も、また今日と同じよこしまな想いに悩まされるに違いない。
 そんな、まったくもってありがたくない確信を抱きながら。 



 
 
 
end.


+ + + + +

いたしたくて仕方ない神峰君+校内でいちゃいちゃする刻神=これ
なんかもうすみません。煩悩爆散全開で本当にすみません。
あと最後までしてなくてごめんときさかみね。男子高校生には辛いよね。
それにしてもひっでえタイトルだ。

Up Date→'15/5/20

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