カナリアの止まり木に 1/3



“神峰翔太は、ホントに凄い奴だ”

 と、彼を吹奏楽部に引っ張り込んだ張本人である刻阪響は思う。
 どのあたりが凄いかといえば―――そりゃあ、「心」が見えるとか、見えた情景を言葉にする表現力とか、1週間で楽譜1000枚を写した根性とか、そういうところも凄いと思うけれど。
 本当に凄いと思うところは、もう少し違う。たとえば―――


「神峰ー、どう? 順調にいきそう?」
「お、おう…うん、怖いけど、そうは言ってらんねェし、頑張る!」
「…そっか。負けんなよ」
「おう!」

 こんな風に、刻阪が声をかければ神峰はいつも前向きに応えてくれる。
“各パートリーダー全員に認められる”なんて難題に、彼は全力で取り組んでいる。本当は怖くてたまらないはずなのに、それでも神峰は食らいついていく。

(ホントはコミュ障なのになあ…)

 いつものようにサックスを吹きながら、刻阪は考える。
 神峰は人の「心」がビジュアルで見えてしまう。言葉の裏に隠れた感情も、言葉で隠そうとした感情も分かってしまうから、優しい神峰は人の心の動きに極端に敏感だ。
 そして、なんとか助けようとしてもいつもうまくいかないのだ、と神峰は言っていた。

 刻阪も体験した事だが、人は図星を指されると拒絶反応を起こす。
 そしてその拒絶反応は、いつも神峰にとっては酷なことなのだ。
 見えてしまうから、そして拒絶されるのが分かっているから、神峰翔太は人を恐れていた―――そのはずだった。

(でも、神峰は全然負けてないんだ)

 クセの強いパートリーダーたちや周りの面々に、時に反発、時に攻撃されながらも、神峰はめげない。
 「怖い」と震えながらも、自分を奮い立たせて向かっていく。
 そういうところが凄いと、刻阪は思うのだ。なんと強いんだろう、と毎度感心させられる。


「…阪君、刻阪君!」
「は、はい!?」
 いきなり耳元で叫ばれ、刻阪は飛び上がった。

 ―――マズい、すっかりふけってた

 顔を上げると、パートリーダーの歌林が仁王立ちしている。
「もう合奏の時間だよ?行こっ」
「あ、はいっ。すみません」
 慌てて刻阪は個人練に使っていた教室を片付け始めた。歌林はなぜかそれをそばで待っている。
(今日は、どうだったんだろ。…上手くいってるのかな)
 片付けながらも、刻阪の心は今日も頑張っているはずの神峰に飛んでいた。



 ところが。

「あれ、いない…?」

 神峰の姿が、部員全員が集まるはずの視聴覚室になかった。
(おかしいな、いつもあんなに勉強熱心なのに)
 気になって、目の端で姿を探してみるが、やっぱり神峰はどこにもいない。
(…どうしたんだろう)
 刻阪は、いつもの半分も合奏に集中出来なかった。


 そして、合奏が終わっても神峰は姿を見せなかった。
「うーん、やっぱり…気になる」
 愛用のアルトサックスを手入れしながらも、やはり刻阪はいない神峰が気にかかっていた。
 部活が始まる前、一緒に部室に来るには来たのだ。練習に来ていないわけはない。

 と、そこへけたたましい声が飛び込んできた。


「結局、神峰のヤツ合奏来なかったね」
「とーぜんでしょ、あんなうざくて不気味な奴」


「えっ…」
 反射的に、刻阪は振り返った。
(あいつら、今日神峰が行ってるパートの)
 そんな刻阪に気づかず、彼女たちは好き勝手に喋る。

「いきなり指揮者気取りでさ、訳分かんないこと言うし。ほんとなんなの?」
「先輩たちも迷惑がってるし、部長もセンセもどうかしてるよ」
「この先も来なきゃいいのにね」
 そんな愚痴を言いながら、彼女たちは去っていく。

(神峰…、まさか)
 いてもたってもいられなくなって、刻阪は楽器の手入れもそこそこに立ち上がった。




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