眠り姫にはハニーミルクを



「…火神君、眠いです…」
「寝たらいーじゃねーか」
「イヤです…」

 腰のあたりにくっついてダダを捏ねる黒子に、火神はあからさまにため息をついた。
 さっきから、もう何回も繰り返されているやりとりだ。


 それは、少しだけ肌寒いとある休日のこと。
 めったに休みのないバスケ部だが、降って湧いたようにリコから与えられた「明日は練習休み!」の一言に、二人は当然のように一緒に過ごすことを選んだ。
 そんな貴重な二人だけの時間だというのに、日頃の疲れが祟った黒子は眠くてしょうがないらしい。

「だってオマエ、言ってる事だんだん訳分かんなくなってんぞ。起きてられねーんだろが」
「そんなこと、ないです…」
「つか、目ェ開いてねーし。いいから寝とけよ、起こしてやるから」
「イヤです…」

 火神は二度目のため息をついた。まったくなんたる堂々巡りか。
 火神からしたら、見るからに眠そうな黒子に無理をさせたくないだけなのだが、黒子はそうとは受け取ってくれないらしい。

「なんでそんなに嫌なんだよ…」
 半ばぼやきのように呟いた火神を、黒子は開かない目を開けて見上げた。
 その、とろんと潤んだ色素の薄い瞳に、思わず火神が見入る。そこへ。


「だって…せっかく、火神君と一緒にいるのに…イヤです」


 舌っ足らずな告白に、火神はぐうっと唸った。
(ったく、コイツはもう…!!)

 ───眠くなきゃぜってーンなコト言わねーだろが!!

 胸の内だけで絶叫する。
 だいたい天邪鬼な黒子が素直になる時は、どうしようもなく眠いか、弱ってるか、気まぐれのどれかだ。決して滅多な回数ある事ではない。

 誘惑に負けて黒子を構ってやるか、一瞬そう思った火神だったが、いや。と思い直す。
 たぶん、ここで負けて黒子を襲ってみたとしても、どうせイイところで寝落ちされるのがオチだろう。

 そんな火神の思考回路など露知らず、黒子はぼそぼそと眠気たっぷりに言う。
「火神君、コーヒー、ください…ミルクいらないですから…」
「……わぁったよ」

 腰のあたりにくっついていた黒子をべりっと剥がして、火神は立ち上がる。
 仕度を終えて戻ってくると、黒子は体を起こして座り込んでいた。目はやっぱり開いていなかった。


「ん」
 ずい、と差し出された、ほのかに湯気を上げるコップを見て黒子は顔をしかめた。
「火神君、これ…」
 コップの中身はホットミルク。しかもはちみつ入りだ。
「これ飲んでさっさと寝ろ。その後ならなんでも出来るだろ」
「……」
「どうしても飲まねーっつーなら、こうだ」

 おもむろに、火神がコップの中身を呷る。
「!…」
 そして、黒子を抱き寄せ、薄く開いた唇に口付ける。


「ん……!」


 黒子の口の中に、温かくて甘い液体が滑り込む。
「…っ、ん…ぷは」
 火神が唇を離すと、黒子がくたり、と火神の胸へ倒れた。
 口元を拭い、目だけで見上げて睨みつけてくる。

「…目、覚めたじゃないですか。火神君の馬鹿」
「そーか?」

 ワガママな黒子が可愛いから、ちょっと悪戯してみようと思っただけなのだが。
 目論見は外れたにしても、結果オーライというべきなのか。

「……それじゃ、続きするか?」
 ぐっと顔を近づけて、幾分しっかりした瞳と視線を合わせる。
「……っ」
 押し黙る黒子。たっぷり30秒、睨み合いに近い視線の交換があったあとで。


「…好きにしてください」


 ───ああ、やっぱり素直じゃない。
 火神は苦笑して、再び黒子の唇に口付けた。
 黒子の唇からは、はちみつミルクの甘い味がした。

 それは、少しだけ肌寒い、とある休日のこと。






end.


+ + + + +

角砂糖1個分のボリュームを目指しました。
火黒の日おめでとう!

Up Date→'14/10/11

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